アートプロデュース学科

2014年10月

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2014年10月30日  学生紹介

インド渡航記

2回生の寺嶋隆人くんが、この夏休みの期間を使って、インドでのアートフェスティバルにボランティアスタッフとして参加してきました。一か月に渡る滞在の中で、さまざまな経験をしてきた彼が、レポートを書いてくれました。

彼が現地で撮影してきた写真とともにご覧ください。

 

 

 

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インド渡航記

                  

 

ASP学科2回生 寺嶋隆人

 

 

私は7月13日から8月15日までのおよそ一ヶ月間、インドの山の上のラダック地方に行ってきた。標高3500m~5000mというそんな世界だ。油断すれば高山病にもなりかねない。なぜ、そんなところに行ってきたのかと言えば、NPO法人が主催する「EARTH ART PROJECT」にボランティアとして参加をしたからである。プロジェクトの内容は、様々なアーティスト(画家、映像作家、写真家、先端芸術家、服飾アーティスト、作曲家など)をインドのラダック地方にあるナング村やプーガという場所に派遣し、現地の小学校で作品制作をして、最後、二日間のアートフェスティバルを開催するというものだった。今回アーティストは、日本、フランス、インドから7名が参加した。ボランティアは、当初より決まっていた日本からの10名に加え、以前「WALL ART PROJECT」(ガジャード)という名前で行なったアート制作プロジェクトに参加していたインド人の青年4名が、このプロジェクトに感銘を受けたらしく、わざわざ自費でボランティアとして参加してくれた。

 

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今回の「EARTH ART PROJECT」を振り返ってみると、アートフェスティバル(本番)よりも、その制作期間にいろいろ得られるものがあったと思う。滞在した二か所の地域での生活は、日本のとはまるで違っていて、様々なことを考えるきっかけを与えてくれた。

 

まず、ナング村では、我々は制作現場まで車で20~30分の距離にあるゲストハウスにステイしていた。ゲストハウスにはWi-Fiが通っていたし、トイレも水洗式だったので割と快適ではあったが、よく停電するのでお風呂に入れないなんていうことは日常茶飯事だった。食事は、ダールと呼ばれる豆のカレーが大半で、あとは野菜のカレー炒めなどが多く、肉は貴重なのか滅多に食べられなかった。ところがそれはまだいい方で、プーガに至っては快適と言える生活ではなく過酷だった。まず、標高5000mの所に寄宿学校があるということ。私は、滞在を始めて一週間近くは、高山病の症状で、ゲロゲロ吐きながら病院行き、やむを得ず、一時下山することもあった。また、トイレに便器なんてものは存在せず、土に穴をあけ建物で囲っただけなのでとても臭う。お風呂もシャワー場らしきものはあるが、シャワー器具はないため、水をソーラーウォーターヒーター(太陽光で井戸水を温める機械)で温めて、手桶を使って体を洗っていた。

 

これが日常だったとは今では考えられない。日本ではいつでも好きなときにお風呂に入ることができる。コンビニもあちこちにあるし、行けば食べ物、飲み物、日用品などいつでもなんでも手に入る。レストランも数えきれないほどある上、好きなモノが食べられる。しかし、今回私が行った地域では、基本的に食材は自分の家で育てた野菜なので、ほぼ自給自足の生活だ。都会に行けば肉などが食べられるだろうが、おそらく値が張るためそんなに手に入るものではない。それにプーガに関しては、都会(レー)まで早くても5,6時間はかかり、そう簡単には行けない。本当に毎日の食事は質素だった。しかし、寄宿学校に通い、そこに住んでいる子ども達は、そういった料理をものすごくおいしそうに楽しそうに食べるのである。ベタなことを言うようだが、「豊かさ」とはなにか。いつでも好きなモノ、美味しいモノが食べられることだろうか。これはこれで豊かであると私は思う。しかし、たとえ質素な食事でも、みんなで集まって、笑い合い、話し合い、そういう時間を共有できることこそが、本当の「豊かさ」なのではないかと気付かされた。

 

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他にも、アート制作の現場では、私たちが制作している小屋(教室)を地元の子どもたちが覗き込みにきたりしていた。そのときの彼らの目はキラキラと輝いていて、ものすごく興味津々な表情だった。学校の教育に美術というものがないからかもしれないが、アート作品が人の手で新しく生まれる、または、そこにあるものの姿が変わるということを初めて見るからだろう。私は、美術の面白味はそこにあるのではないかと思った。

 

そして迎えたフェスティバル当日。そこにはいろいろな人々の姿があった。近隣の人々の他に、通りすがりなのか、チェコ、スペインなど他国の人も訪れてくれて、私は、色々な国の方が集まってきたことに、単純に凄いと思った。アートというのは、言葉を必要としないなと感じた瞬間だった。異国の人と会話するときは、言語の壁が存在する。そして、その壁はとても大きい。しかし、今回様々な人々が異国のアーティストの制作した作品を見に集まってきたことに、作品鑑賞に言語の壁は存在しないと感じた。また、作品などを「みて」「考える」というのは、万国共通なのだということも感じた。そこから、「アートとはなにか」という問いに対する自分なりの答えがひとつ見つかった。それは「アートとは人と人を繋ぐツール」であるということだ。国境を越えて、ひとつの作品をみんなで楽しむことができる。制作も一人では行えないし、フェスティバルまでの期間に大勢の人が絡んでいく過程を見てきたので、なおさらそんな気がする。

 

こういった多くのことに気付くことができ、今回のプロジェクトに参加してよかったと心からそう思う。

 

 

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2014年10月28日  授業風景

KYOTO EXPERIMENT総合ディレクターの橋本裕介さんによる特別授業!

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文化政策について考える授業「アートプロデュース特論2」。

10月17日のこの授業では、KYOTO EXPERIMENTの総合ディレクターをつとめられている橋本裕介さんにお越しいただき、最初の開催から4年になるフェスティバルの、立ち上げから現在の運営の形に至るまでのお話や、日本の文化施設の仕組みについてなどのレクチャーをしていただきました。

 

KYOTO EXPERIMENT2014 公式HP

 

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フェスティバルの運営経費は、どこからどのように集めればいいのだろうか?出演アーティストの見つけ方は?すこしでも多くの方に作品を鑑賞していただくためには、いったいどんな工夫が必要?などなど、一つのアートフェスティバルを開催するまでには、対策・準備しなければならないことは次々と出てきます。今回の話の中では、そういったことを実際の現場ではどのように運営されているのか、具体的に知ることが出来ました。

さらには、社会に発信されるアートのこれからの在り方という一歩踏み込んだところまで話が広がり、大学の授業だけでは知りえない実際の問題について考える、とても貴重な機会になりました。

 

 

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2014年10月23日  ニュース

在学生の活動紹介

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現在開催中の第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014で、

ASP3回生の中田拓馬くんが、フライヤーなどの背景画を担当しています!

 

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上のフライヤー裏面の他にも、チケットや招待状などに使われています。

どこかで見かけられましたら、ぜひ一度手に取ってご覧ください。

 

福岡アジア美術トリエンナーレは11月30日まで福岡アジア美術館にて開催されます。

公式HP

 

 

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2014年10月21日  学生紹介

兵庫県芸術文化センター管弦楽団へインターンに行ってきました!

2回生の野澤美希さんがインターンに行ってきました。
野澤さんのレポートを掲載します。

 

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アートプロデュース学科2回生 野澤美希

実習先:兵庫県芸術文化センター管弦楽団(西宮市)

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私は、兵庫県西宮市にある兵庫県立芸術文化センターの専属オーケストラである、兵庫県芸術文化センター管弦楽団の事務局でインターンシップを行いました。このインターンシップは、日本オーケストラ連盟による公募型のインターンシップで、連盟への応募と面接を経て、兵庫県芸術文化センター管弦楽(以下PAC)へのインターンシップが決定しました。最初に取り組んだ応募課題で、特に印象的だったのは「オーケストラが社会に必要とされる理由」について問われたことです。「自分にとって」必要な理由はいくらでも出てくるのに、「社会にとって」必要な理由を考え始めると、難題でした。

 

 実習期間中は、定期演奏会や定期会員向けの公開リハーサルに伴う準備や、ロビー対応、演奏会の見学を行いました(9月~翌年6月の間に定期的に行なう演奏会を定期演奏会といい、シーズン中全ての定期演奏会の観客となる人を定期会員と呼びます)。また、演奏会後に行われる佐渡裕芸術監督のサイン会や、センター10周年に向けた宣材写真の撮影会の運営などで、実際にお客様と接することもありました。演奏を聴くこと以外の部分を多く経験できたことで、今まで観客として演奏を聴いていたときとは、全く違う視点を持つことができました。

 

 私は期間中、オーケストラが舞台で演奏する意味について考えずにはいられませんでした。兵庫県立芸術文化センターおよびPACは、来年発生から20年を迎える阪神・淡路大震災の復興のシンボルとしてつくられ、今も運営されています。職員の方の話や、ロビー対応中のお客様の様子などから、このまちの人にとって今、この場所で、音楽が生み出されることがどれだけ意味のあることなのか、私には計り知れない重みがあることを思い知らされました。これはまさに「社会にとって」音楽が必要とされる、根本的な理由なのではないでしょうか。

 

 今まで、音楽に関わる仕事に就きたいと思っていましたが、どんな仕事があって、具体的にどんな関わり方をしたいのかをはっきり言葉にすることができませんでした。ですが、今回インターンシップをして、自分がどんな方法で音楽へ関わりたいか、将来どんな仕事がしたいかが、かなりはっきりしたように感じています。私は将来的に、演奏会をつくる仕事に携わっていきたいです。そしてできるならば、お客様とプレイヤーを、思いやることができる制作者を目指していけたらと思います。

 
 
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2014年10月18日  ニュース

卒業生からの近況報告

卒業生の山田隼也くんより、近況レポートが届きました。

彼は、大学卒業後に関西大学大学院に進学して、現在はニューヨークに留学をしています。

 

 

こちらもどうぞ

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卒業生の現在 山田隼也

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NY留学記

 

 

12年度卒業生

山田隼也

 

 

2013年にASP学科を卒業した山田隼也といいます。現在は関西大学大学院 芸術学・美術史専攻 西洋美術史に所属しています。大学から継続して19世紀から20世紀にかけて活躍したアメリカのリアリズム作家であるエドワード・ホッパー Edward Hopper(1882−1967)の研究をしています。そして今年の5月からはアメリカのニューヨークで生活しています。今回は留学に至った動機やこっちでの生活を紹介したいと思います。

 

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まず、留学ということを意識しはじめたのは、大学入学後すぐだったと思います。それは色んな先生方から「アートの世界で食べていきたいなら英語が必要だ」と言われたのと、様々な世界中のアート作品に触れることで、より身近に世界を感じ、意識するようになったからです。また、両親からも留学すべきでないかとたびたび言われていました。ただ、在学中は日々の忙しさと、もともとあまり冒険をしたがらない性格も手伝って、深く考えずに過ごしてしまい、気がつくと卒業していました。その後大学院に入学し、一度両親と今後について話す機会がありました。私はこの大学院で2年間頑張り、普通に就職活動をするつもりでした。留学というのも、何度か頭をよぎりましたが、「わざわざ行かなくてもな…」と思って敬遠していました。ただ、その場で父親に言われたことは今でも覚えています。「お前はいつも厳しいところへは行かずに逃げて生きてきた。一度くらいそういう場所に行くべきだ」。なんとなく自分でもそう感じていたのですが、しっかりと向き合ってこなかったウィークポイントを見事に突かれたので、ぐうの音もでませんでした。でも確かに心のどこかでは、どうにかしなければと思っていたので、そこで決心がつきました。行く場所も迷いはしましたが、多くの興味深い美術館やギャラリーがあり、そしてホッパーが過ごしたニューヨークに決めました。

 

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ニューヨークでの生活はまずは英語の習得を一番の目的として、語学学校に通っています。またこちらに来てから、時間が限られていることもあり、日本にいる時よりも積極的に行動するようになりました。例えば、外国の方に日本語を教えるコミュニティに参加して、そこでネイティブの友人が出来たりしました。学校にはもともと日本人があまり多くないこともあり、様々な国の友人と切磋琢磨しながら英語の勉強をしています。休日は美術館を中心に色々な場所に繰り出しています。日本語が通じない不自由さを感じることはありますが、何とか英語で四苦八苦しながら生活を送っています。ニューヨークはとても華やかで楽しい町ではありますが、過酷な部分のほうが多いかもしれません。どこに行っても大勢の人がいるし、町も綺麗とは言えません。物価もとても高く、住居もシェアルームが基本です。私はそんな環境で、日々ここで何が学べるのかを考えながら生きています。

 

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日本では通用した常識や価値観が通用しない中、日本人としての生き方やここでの生活を、今後日本でどう生かしていくのか。難しい問題ですが、それを考えなければ意味がないと思っています。現在まだまだ美術の勉強が出来ていないので、今後美術館やギャラリーのボランティアに挑戦したいと考えています。

 

次回また、より詳しくニュ―ヨークでの生活を報告出来たらと思います。

 

 

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