文芸表現学科

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2013年10月18日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会3 足立と浪花と島田

 
社史の構成がきまり、そこからは時間に追われながらの執筆作業、編集作業が始まります。
毎日朝から晩まで、進々堂の資料室へ通っていた3人の
チームワークについて話をききました。
 
(前回の座談会はこちらよりご覧いただけます)

 
 
shinshindo_03
 
 
 title_neko3
 
 

takeuchi  
- 途中から足立さんがリーダーになりましたが、それぞれの役割は?
   
   
naniwa 夏にある人から
「私が動かんと二人が動かん」みたいなことを
足立さんが言ってるって聞いて、
まあ爆笑しました。
 
その通りだと思って(笑)。
 
足立さんにはとても申し訳ないことをしたなあと思うくらい、
細かいことをやってもらったと感謝しています。
   
   
shimada  
なんやろう。うふふふふ。
すごい助けてもらいました。ふふ。
   
   
adachi 年末頃に、新元先生と村松先生から電話があって、
今回の社史のリーダーシップを、
全体の企画を任せますって言われたときは、
無理やって思いました。
 
結局のところうまく出来なくて、
報告はできるけど、編集長みたいになって
引っ張っていくっていうのは無理で、
浪花さんが全体の進捗リストを出してくれるまでは、
ずっとなんとなくで進んでないっていう状況でしたね。
 
島田くんも後半活躍してくれたし。
写真撮影のアシスタントや、
社長や社員の方への連絡はとても丁寧で
信頼もされていたので、
安心して任せることができました。
   
   
naniwa 島田くんは最初から受けてたよね。
大人たちに。
 
バイトを活かしてゴルフの話もできるし、
うまく場の空気を暖めてくれて。
   
   
adachi 終わってみたらそうでもないけど、
やっぱり大変だったというかんじはすごくありました。
でも、浪花さんはそうじゃなかったみたいで。
 
時間がなくなって、もう納期に間に合わないんじゃないか、
っていう瀬戸際で、一人平気な顔をしているというか、
妙に肝の据わった感じがあって。
 
あれがすごくよかったなと思う。
   
   
naniwa 社史が始まったときに、
『瓜生通信』の特集企画も担当してたんですよ(※2)
一人で取材をバタバタやって、
あちこちに連絡取ったりしてたほうがしんどかった
という記憶があって、
だから社史はしんどくねえ、みたいな。
ふふふ。
   
   
  tuzuku

 
 
※2 京都造形芸術大学大学広報誌『瓜生通信』は、広報課スタッフとともに学生たちも企画・取材・執筆・編集に参加してつくられている。
 
 
 
 

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2013年10月17日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会2 斉・ハナ・満那の人物伝ができるまで

 
続木社長から、「これだけだと優等生的だね・・・」といわれた、企業史だけの企画書。
編集部の学生たちは、読みごたえのある社史にするため、
新たな企画に取り組みました。
 
(前回の座談会はこちらよりご覧いただけます)

 
 

 
 
 
title_neko2
 

 

adachi  
あの資料はいつ頃出てきたんやったっけ?
   
   
naniwa  
イワオさんのやつ? あれも夏かな。
   
   
adachi 何回も社長や会社の人たちに会っていると、
どんどんいろいろな資料が出てくるんですよ(笑)。
 
安達巌さんっていうパン研究家の人がいて、
その人が進々堂の創業者夫妻である斉とハナについての
人物伝みたいなものを出版しようとしていたらしく、
その未完資料が出て来たんです。
 
会社の人から「こんなんあるで」って渡されて。
内容的にちょっと出版できないって当時の社長さんが判断しはったみたいですけど、
それが大きな骨組みになって、今回の人物伝が出来上がりました。
 
なので、社史のいちばん最後に安達巌さんの名前も入ってます。
   
   
naniwa うん。それで、企業史と人物伝と、っていう
いまの構成を考えたのが秋くらいだよね。
人物伝は、斉とハナだけで書こうとしたら、
「ここに満那が欲しいね」って社長に言われて。
   
   
adachi 斉は島田くん、ハナは私、満那が浪花さん、
という風に執筆をすすめたんですけど、
なんか要領得てなかったよね。
 
企業史も含めて分割してやってたんですけど、
なんとなくバラバラに書いていたし。
   
   
takeuchi  
- 浪花さんはかなり苦労していたように見えましたが(笑)。
   
   
naniwa ははは(笑)。
苦労したっていうか、良いこともいっぱいあったんですけどね。
 
斉、ハナという創業者夫妻は、安達巌が書いたものがあって、
それをベースに編集して書き直すことができたけど、
満那の場合その物語がなくて、満那が書き残した言葉だけがぽーんとある。
 
そこからその人の人物像を浮き出さなきゃいけない、
というのが難しかったといえば難しかったです。
 
それに、最初の頃は、社長も満那さんの部分にはあまり関わらない感じだったので。
   
   
takeuchi  
- 満那さんは、社長のお父さん?
   
   
naniwa そうです。
でも、「僕はあんまり思い出がなくて・・・」
というようなことをずっと言われていて、
社長からはあまり話を聞けなかったんですが、
書くしかないから書いてました。
 
それに、私はすごく満那さんが好きだったし。
   
   
takeuchi  
- 好きというのは、どういうこと?
   
   
naniwa なんだろう、面白いんです(笑)。
 
というのも、あのご一家はキリスト教徒で、
その信仰心がすごいんですよ。
 
社長のお母さんやおばさんに会うと、
キリスト教がいかにいいか、
みたいな話ばかりしてくれて。
 
満那さんもそういう信仰心のとても篤い方なので、
だからなんだろう、私にはそういう宗教に対する思いとかがないから、
神様みたいに感じるというか。
 
そういう信仰心のあらわれた言葉とかが残ってるのも面白かったし、
そういうことを書きたいなと思ってました。
 
でも、私が感じていた満那さん像と、
社長が思っているものは違ったみたいで、
それはやはり、自分の父親に対する思いがだんだんこみ上げてきたんだなとも思うし、
他人には書かれたくないという気持ちもあったのかもしれませんが、
最終的には社長にずいぶん原稿を書いてもらって、
社長のお兄さんにも確認してもらって、
お母さんにも見てもらって、
社員さんとかむかしの社員さんとかにも話を聞いてと・・・
   
   
adachi つまり、ほぼ社長が書き直したということです(笑)。
 
浪花さんも夜中まで書き直して、
新元先生にも原稿を見てもらって、
それで社長に見せたら、
「やっぱこれじゃね・・・」って(笑)。
   
   
naniwa うん。満那さんの部分については、一回も納得してもらえなかったなあ。
生きてた頃を知ってる人がまだ大勢いるっていうのも大きかったと思う。
斉やハナとはちがって。
   
   
  tuzuku

 
 
 
 
 

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2013年10月16日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会1 優等生の企画書

 

 
新元ゼミでは、2012年春~2013年初夏にかけて、
株式会社進々堂の100周年社史づくりに携わってきました。
進々堂は京都の老舗パン屋さんです。
 
過去の社史や、社内に残る膨大な資料を研究し、
構成を考え、取材やインタビューを行ない、
原稿を執筆し、プロのカメラマンやデザイナーとやりとりをして、
印刷にも立会い、無事に出来上がったのがギャラリーでも紹介している
『進々堂百年史』です。
 
傍で見ていても、とてもハードな仕事でしたが、
学生たちの成長は著しいものがありました。
 
進々堂社史づくりを終えたばかりの学生たちに、
この一年を振り返ってもらいました。
 
 

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takeuchi  
- 社史に取り組み始めたのはいつ頃でしょうか?
   
   
adachi 昨年の4月ですね。
初回の授業で資料を渡されて、最初の頃は、50年史とか80年史とか、
進々堂のむかしの社史を読んでいました。
進々堂の資料室へ通い始めたのが夏休みからなので、
それまではわりと無駄な動きをしていたかも。
   
   
naniwa 夏休み中に他の会社の社史を見ようという話になって、
いろんな会社の社史を見て、良いと思う要素をどんどん抜き出しながら、
構成を考えていきました。
社史って、あまり社外に出ていないので、
京都府立図書館と大阪の中之島図書館で探して読んだよね。

   
   
adachi 中之島図書館は、社史をけっこう専門的に集めてる図書館なんですよ。
『月刊島民』(※1)で、
中之島図書館から良い社史をピックアップして
組んだ特集記事を読んだことがあります。
   
   
takeuchi  
- 最初の企画はどのように考えたの?
   
   
adachi  
いちばん最初は、すごくスタンダードなものを出したんですよ。
単なる企業史だけのようなものを。
 
   
   
naniwa  
ボツになったんだよね。
   
   
adachi  
そうそうそう。
   
   
naniwa  
たしか社長に、小見出しだけ書いたものを見せて。
   
   
adachi 「これだけだと優等生的だね・・・」って言われました。
そういう社史が多いんですよ。企業史だけの、スタンダードなものが。
   
   
takeuchi  
- 社長はどういうものを求めてたんだろう?
   
   
adachi 最初は私たちも普通の企業史で良いと思ってたんです。
創業者についても、取り上げて欲しいとは言われていたけど、
ああそうなんや、くらいの感じでした。
社長の思いとか、熱意とかはあまりこちらに伝わってなかったので。
   
   
naniwa 社長が社史をプロジェクトとして、
学生と一緒にやることをどう思っているのか
ぜんぜん分からないまま、
社史だけ先に進んでいて、
私たちも会社のことがあんまり分からないから、
いついつどういう事があったんですか? 
と出来事ばかりを聞いていたかんじです。
 
 
それで、夏休みが明ける頃に、
一度社長の思いとか、プロジェクトのことなどを話す機会があって、
「京都造形芸術大学に頼んだのは、
僕が考えるものを僕がつくろうとしてしまうと、
どういうものが出来るか想定できちゃって面白くないから、
期待を裏切ってほしい」
みたいなことを言われて。
   
   
adachi  
それを聞いてから、なんとなく優等生の意味が分かったんですよね。
  tuzuku

 
 
※1 大阪市中之島をテーマとして発行されている月刊のフリーペーパー。
 発行人は江弘毅(編集集団140B)。社史の特集はvol.49(2012年8月1日発行)に掲載されている。
 http://nakanoshima-univ.com/about/tomin.html

 
 
 
 
 

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2013年6月10日  学生紹介

学生紹介01 Choi Cheol-Jin

 
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Choi Cheol-Jin(チェ・チョルジン)くんは、韓国からやって来た交換留学生です。
Korean National University of Arts(通称K-ARTS)のクリエイティブ・ライティング学科の4年生ですが、
今年4月から8月末までのあいだ文芸表現学科で学びながら、日本語で小説を書くことにも挑戦しています。

 

山科の毘沙門堂にて

山科の毘沙門堂にて


京都に来て2ヶ月が経ちましたが、どうですか。
  
ほんとうに気に入りました。静かだし、京都は現代的な都市の雰囲気と、日本の歴史的な雰囲気とが融合していて、私にはとても合っているなと思っています。実はおととしに一度、旅行で京都に来たことがあるんです。そのときにとても京都の雰囲気が気に入ったので、交換留学を希望しました。こちらに来てから、いくつものお寺をまわっています。清水寺、金閣寺、銀閣寺、東寺、西本願寺、東本願寺、三十三間堂、青蓮院、永観堂などです。どこも同じようではあるけれど、一つ一つ雰囲気がちがっていてとても面白い。個人的には銀閣寺が好きですね。
 
 
日本で学ぼうと思ったいちばんの理由は何ですか。
  
京都に来たかった、というのがいちばんですが、日本の小説や漫画や物語が昔から好きでした。村上春樹や大江健三郎、芥川龍之介、いまは政治家ですが石原慎太郎の『太陽の季節』も読みました。あとは柴田錬三郎や吉本ばなな、江國香織も読みます。漫画だと、『ドラゴンボール』、それに浦沢直樹はぜんぶ読んでますね。『モンスター』がいちばん好きです。他には伊藤潤二の『うずまき』とかですね。
 
 

韓国の大学のことを教えてください。また、京都造形芸術大学の授業はどんな印象を持ちましたか。
 
Korean National University of Arts(K-ARTS)には、音楽、演劇、TVマルチメディア、ダンス、ビジュアルアーツ、伝統芸術と6つのスクールがありますが、さらに「Inter-School Division」というスクールがあり、6つの分野を横断的に学びながら、さまざまな学生が出会い、さらに新しいものを創造することを目指すということになっています。私が所属するクリエイティブ・ライティング学科は、このInter-School Divisionに含まれているので、美術史も学ぶし、韓国や日本、欧米の漫画研究をしたり、伝統舞踊の授業で踊ったりもしています。
 
クリエイティブ・ライティングの学生は、1学年に5名しかいません。先生は小説家や詩人、評論家などがいます。授業は毎週毎週互いの作品を読んで、意見を交換し合います。最初の頃は、とても楽しかったのですが、違う刺激も欲しくて日本に来ました。日本では、とにかく学生が多いことが新鮮です。意見交換するにしても、多くの意見をきくことができます。また、実技だけじゃなくて「文芸メソッド」のように、講義形式で小説の書き方を学ぶことができるのも面白いと思いました。
 
 
チェ君は、どんな小説を書いているのですか。
  
韓国の学生たちはいろいろな小説を書いています。テーマも構造も。私の場合は、奇抜なものと言うのでしょうか。たとえば星新一とか、村上春樹のような小説を書いています。奇抜はちがいますか? 斬新? 新鮮? 日本語はまだ難しいです(笑)。
韓国では小説のコンテストがあって、受賞者の作品を集めた本が出版されています。私の小説も、アンソロジーですが2冊出版されています。日本に持ってきているので、研究室に1冊ずつ差し上げますね。
 
 

将来はどんなことをしようと考えていますか。
 
また日本に来て、日本美術史を学びたいと思います。できれば来年とか、再来年に留学できれば良いのですが、お金と相談です。本を読んだり、小説を書いたりするのは、もちろんやります。それは自分の基本だから。だから、それ以外のことをいろいろやってみたいと思っています。
 
 

韓国で出版されている、チェ君の小説が載ったアンソロジー。

韓国で出版されている、チェ君の小説が載ったアンソロジー。

 
 
 
(2013年6月7日 聞き手・たけうち)
 

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