アートプロデュース学科

学生紹介

  • LINEで送る

2014年11月5日  学生紹介

教育実習に行ってきました!

4回生の神田真巳子さんが、教職課程で教育実習へ行ってきました。

教育の現場を自分の目で見て体験して、時には失敗もありながらも、学ぶことの多い実習だったようです。

これから教育実習に行く人にはぜひ読んでもらいたいレポートを紹介します。

 

———-

こちらもどうぞ!

kanda_S

在学生の声

『やりたいことを試せる場所』

———-

 

———————————

教育実習レポート

ASPコース4回生 神田真巳子

———————————

 

わたしは5月の下旬から6月の中旬にかけて母校の市立中学校で3週間の実習をおこないました。一ヶ月にも満たない短すぎる実習で、わたしは学校現場のすべてを学びきったとは言えないでしょう。しかし、短い間の実習でも、経験の浅いわたしにとって多くのことを学ぶ機会であったことに違いはありません。ここではわたしが実習中に起こったこと、感じたことの一部を記載します。

 

生徒は多感で繊細、そして閉鎖的でした。わたしは2年生のクラスで担任指導を受けもちました。その2年生のクラスは特別支援学級の生徒も所属している特殊なクラスだったので、わたしは発達障害を抱えている生徒とその他の生徒同士の交流の場面を後ろから見学する機会が多々ありました。

驚いたことは、発達障害を持っている生徒に対して他の生徒たちはとことん冷酷になれる心を持っていたことです。わたしや担任の先生がいる場面では協調性の高い良い子を装っているようでしたが、上辺の協調性はどこまでも上辺であり、少しでも場の雰囲気にそぐわない行動をすると、冷酷な眼差しが角を出していました。そのとき、安直なテレビドラマでは優しく手を差し伸べる生徒が一人でも存在するのですが、誰かがその「一人」になるとその生徒はクラスから疎外されてしまう、それを生徒全員は自覚しているようでした。生徒一人ひとりが教室で形成された役割を全うしようと神経を尖らせている、教室はそのような雰囲気が支配している空間のようにみえました。

このような場面でわたしに何ができたのか。なにもできませんでした。わたしもその空間に飲み込まれてしまった一人であり、クラス内で決められた暗黙のルールに縛られてしまった姑息な先生でした。そのとき、先生という人間は、場の雰囲気を見極めることも大事であるし、ときにはその雰囲気を壊す勇気も必要であるのだと痛感しました。わたしにはその勇気と方法が皆無であることを自覚し、同時に教室がいかに閉鎖された空間であるかを思い知らされました(この状態の学校が好きだと言っている人は、学校を知らないか、あるいは学校しか知らないかのどちらかかもしれません)。

 

研究授業では、ASP学科で学んだACOP(※)の経験をふまえて「作品鑑賞」を切り口に展開しました。美術は「世の中にとって必要ある授業なの?」と言われがちな授業なので(実際言われた)、まず身近にあることに引きつけられるような問題提起をしました。たまたまその時期に『アナ雪』と『万能鑑定士Q』が映画化されていたので、そこから話を広げ、ときにはユーモアを交えるように心がけました。2クラスの授業を担当させてもらいましたが、クラスによって感性や特色がそれぞれ違ったので、毎回違った意見が出て新鮮な授業になりました。残念だったことは、わたしがクラス全員の名前を覚えることができず、生徒をあてる際に名前を呼ぶことができなかったことです。それができるとできないとではまったく違い、どこか生徒との間に拭いきれない壁があったように思います。授業外でもっと生徒とコミュニケーションをとることができればよかったと反省しています。

 

これから教育実習に取り組むみなさまへ。学校現場の雰囲気に飲まれすぎないように気をつけてください。実習させていただいている身、指導教諭の先生の前では恐縮することもあるし、生徒の前で先生らしく振る舞おうと躍起になることもあるでしょう(わたしもそうでした)。先生の指導方法をそのとおりに模倣すると自分のオリジナリティがなくなってしまいます。先生の指導方法と自分の指導方法を上手く調和できるように心がけたら、実になる実習になるのではないかと思います。そのために、自分の意見をしっかり持つことと、自然体で取り組むことがなにより大事でしょう。なんでも吸い込むスポンジのようになってください。

わたしは陰険根暗な性格(1年生に「白くて死にそうな顔」と言われた)に加え、最終日には年配の先生と喧嘩してしまった、おそらく先生の立場からしては少し迷惑な実習生でした。しかし、生徒からは「たぶん良い先生になる思う」と励まされ、例の発達障害を抱えている生徒からは「先生と話すと胸のあたりがあたたかくなる」と告白されたので、ひょっとすると自分は思ったより捨てた人間ではないのかもしれない、とある種の希望がうまれました。結果的には生徒に勇気づけられた、そのような実習だったと今は振り返ることができます。

 

 

 

※ACOP(Art Communication Project)とは、

ASP学科1回生の必修授業で、「みる、考える、話す、聴く」の4つを基本とした対話型の美術鑑賞教育プログラム。

 

 

asp

 

 

  • LINEで送る

2014年10月30日  学生紹介

インド渡航記

2回生の寺嶋隆人くんが、この夏休みの期間を使って、インドでのアートフェスティバルにボランティアスタッフとして参加してきました。一か月に渡る滞在の中で、さまざまな経験をしてきた彼が、レポートを書いてくれました。

彼が現地で撮影してきた写真とともにご覧ください。

 

 

 

名称未設定

 

 

t2

                  

インド渡航記

                  

 

ASP学科2回生 寺嶋隆人

 

 

私は7月13日から8月15日までのおよそ一ヶ月間、インドの山の上のラダック地方に行ってきた。標高3500m~5000mというそんな世界だ。油断すれば高山病にもなりかねない。なぜ、そんなところに行ってきたのかと言えば、NPO法人が主催する「EARTH ART PROJECT」にボランティアとして参加をしたからである。プロジェクトの内容は、様々なアーティスト(画家、映像作家、写真家、先端芸術家、服飾アーティスト、作曲家など)をインドのラダック地方にあるナング村やプーガという場所に派遣し、現地の小学校で作品制作をして、最後、二日間のアートフェスティバルを開催するというものだった。今回アーティストは、日本、フランス、インドから7名が参加した。ボランティアは、当初より決まっていた日本からの10名に加え、以前「WALL ART PROJECT」(ガジャード)という名前で行なったアート制作プロジェクトに参加していたインド人の青年4名が、このプロジェクトに感銘を受けたらしく、わざわざ自費でボランティアとして参加してくれた。

 

t5

今回の「EARTH ART PROJECT」を振り返ってみると、アートフェスティバル(本番)よりも、その制作期間にいろいろ得られるものがあったと思う。滞在した二か所の地域での生活は、日本のとはまるで違っていて、様々なことを考えるきっかけを与えてくれた。

 

まず、ナング村では、我々は制作現場まで車で20~30分の距離にあるゲストハウスにステイしていた。ゲストハウスにはWi-Fiが通っていたし、トイレも水洗式だったので割と快適ではあったが、よく停電するのでお風呂に入れないなんていうことは日常茶飯事だった。食事は、ダールと呼ばれる豆のカレーが大半で、あとは野菜のカレー炒めなどが多く、肉は貴重なのか滅多に食べられなかった。ところがそれはまだいい方で、プーガに至っては快適と言える生活ではなく過酷だった。まず、標高5000mの所に寄宿学校があるということ。私は、滞在を始めて一週間近くは、高山病の症状で、ゲロゲロ吐きながら病院行き、やむを得ず、一時下山することもあった。また、トイレに便器なんてものは存在せず、土に穴をあけ建物で囲っただけなのでとても臭う。お風呂もシャワー場らしきものはあるが、シャワー器具はないため、水をソーラーウォーターヒーター(太陽光で井戸水を温める機械)で温めて、手桶を使って体を洗っていた。

 

これが日常だったとは今では考えられない。日本ではいつでも好きなときにお風呂に入ることができる。コンビニもあちこちにあるし、行けば食べ物、飲み物、日用品などいつでもなんでも手に入る。レストランも数えきれないほどある上、好きなモノが食べられる。しかし、今回私が行った地域では、基本的に食材は自分の家で育てた野菜なので、ほぼ自給自足の生活だ。都会に行けば肉などが食べられるだろうが、おそらく値が張るためそんなに手に入るものではない。それにプーガに関しては、都会(レー)まで早くても5,6時間はかかり、そう簡単には行けない。本当に毎日の食事は質素だった。しかし、寄宿学校に通い、そこに住んでいる子ども達は、そういった料理をものすごくおいしそうに楽しそうに食べるのである。ベタなことを言うようだが、「豊かさ」とはなにか。いつでも好きなモノ、美味しいモノが食べられることだろうか。これはこれで豊かであると私は思う。しかし、たとえ質素な食事でも、みんなで集まって、笑い合い、話し合い、そういう時間を共有できることこそが、本当の「豊かさ」なのではないかと気付かされた。

 

t3

t4

他にも、アート制作の現場では、私たちが制作している小屋(教室)を地元の子どもたちが覗き込みにきたりしていた。そのときの彼らの目はキラキラと輝いていて、ものすごく興味津々な表情だった。学校の教育に美術というものがないからかもしれないが、アート作品が人の手で新しく生まれる、または、そこにあるものの姿が変わるということを初めて見るからだろう。私は、美術の面白味はそこにあるのではないかと思った。

 

そして迎えたフェスティバル当日。そこにはいろいろな人々の姿があった。近隣の人々の他に、通りすがりなのか、チェコ、スペインなど他国の人も訪れてくれて、私は、色々な国の方が集まってきたことに、単純に凄いと思った。アートというのは、言葉を必要としないなと感じた瞬間だった。異国の人と会話するときは、言語の壁が存在する。そして、その壁はとても大きい。しかし、今回様々な人々が異国のアーティストの制作した作品を見に集まってきたことに、作品鑑賞に言語の壁は存在しないと感じた。また、作品などを「みて」「考える」というのは、万国共通なのだということも感じた。そこから、「アートとはなにか」という問いに対する自分なりの答えがひとつ見つかった。それは「アートとは人と人を繋ぐツール」であるということだ。国境を越えて、ひとつの作品をみんなで楽しむことができる。制作も一人では行えないし、フェスティバルまでの期間に大勢の人が絡んでいく過程を見てきたので、なおさらそんな気がする。

 

こういった多くのことに気付くことができ、今回のプロジェクトに参加してよかったと心からそう思う。

 

 

t1

 

名称未設定-1

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

○研究室運営HPはこちら

asp

  • LINEで送る

2014年10月21日  学生紹介

兵庫県芸術文化センター管弦楽団へインターンに行ってきました!

2回生の野澤美希さんがインターンに行ってきました。
野澤さんのレポートを掲載します。

 

—————————————————

アートプロデュース学科2回生 野澤美希

実習先:兵庫県芸術文化センター管弦楽団(西宮市)

—————————————————

nozawa

私は、兵庫県西宮市にある兵庫県立芸術文化センターの専属オーケストラである、兵庫県芸術文化センター管弦楽団の事務局でインターンシップを行いました。このインターンシップは、日本オーケストラ連盟による公募型のインターンシップで、連盟への応募と面接を経て、兵庫県芸術文化センター管弦楽(以下PAC)へのインターンシップが決定しました。最初に取り組んだ応募課題で、特に印象的だったのは「オーケストラが社会に必要とされる理由」について問われたことです。「自分にとって」必要な理由はいくらでも出てくるのに、「社会にとって」必要な理由を考え始めると、難題でした。

 

 実習期間中は、定期演奏会や定期会員向けの公開リハーサルに伴う準備や、ロビー対応、演奏会の見学を行いました(9月~翌年6月の間に定期的に行なう演奏会を定期演奏会といい、シーズン中全ての定期演奏会の観客となる人を定期会員と呼びます)。また、演奏会後に行われる佐渡裕芸術監督のサイン会や、センター10周年に向けた宣材写真の撮影会の運営などで、実際にお客様と接することもありました。演奏を聴くこと以外の部分を多く経験できたことで、今まで観客として演奏を聴いていたときとは、全く違う視点を持つことができました。

 

 私は期間中、オーケストラが舞台で演奏する意味について考えずにはいられませんでした。兵庫県立芸術文化センターおよびPACは、来年発生から20年を迎える阪神・淡路大震災の復興のシンボルとしてつくられ、今も運営されています。職員の方の話や、ロビー対応中のお客様の様子などから、このまちの人にとって今、この場所で、音楽が生み出されることがどれだけ意味のあることなのか、私には計り知れない重みがあることを思い知らされました。これはまさに「社会にとって」音楽が必要とされる、根本的な理由なのではないでしょうか。

 

 今まで、音楽に関わる仕事に就きたいと思っていましたが、どんな仕事があって、具体的にどんな関わり方をしたいのかをはっきり言葉にすることができませんでした。ですが、今回インターンシップをして、自分がどんな方法で音楽へ関わりたいか、将来どんな仕事がしたいかが、かなりはっきりしたように感じています。私は将来的に、演奏会をつくる仕事に携わっていきたいです。そしてできるならば、お客様とプレイヤーを、思いやることができる制作者を目指していけたらと思います。

 
 
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

○研究室運営HPはこちら

asp

  • LINEで送る

2014年10月16日  学生紹介

西大門自然史博物館へインターンにいってきました!

3回生のキム・ソヨンさんがインターンに行ってきました。
キムさんのレポートを掲載します。

 

—————————————————

アートプロデュース学科3回生 キム・ソヨン

実習先:西大門自然史博物館(ソウル)

—————————————————

s1

 

私がインターンとして働いたところはソウルにある「西大門自然史博物館」である。初めて自然史博物館と聞いたとき、自然史に関する知識が何もない状態だったので興奮感よりは不安が大きかった。博物館に面接をしに行ったとき、館長さんと展示チームのチーム長から私は何ができるのか、また、何を学びたいのかについて聞かれた。そこで私は、出来るのは学校で学んだことで、学びたいのは学校では学べない現場のことやマーケティングの仕事だと答えた。そうして私は展示チームの所属でありながら、マーケティングチームの仕事もすることになった。そこで展示チーム長が、私がプロジェクトで展示をした経験があり、学校でも学んだことがあるなら、企画展またはワークショップなどの企画から最終的には実施まで行って欲しいと言って下さり、博物館に来る子供たち向けの教育プログラムを企画することが私の主な仕事となった。

 

マーケティングチームでの仕事は、観覧客を対象に行うアンケートを集計することを任された。博物館で働く人の中にエクセルを使ったアンケートの集計を出来る人がいなかったため、ASP学科の専門科目である美術館調査で学んだアンケート集計のノウハウが本当に助けになった。学校の授業が現場で役立つということを実感した瞬間であった。

 

教育プログラムとしては、博物館のシンボルであるアクロカントサウルスを使ったパズル遊びを企画した。ドスントからの説明を聞いた後、実物の標本を見ながらパズル遊びをするといった極単純な企画だったが、教育プログラムの企画書を完成させるまでに掛った時間は3日と、今まで書いた企画書とは格が違った。文字一つで企画が通るか通らないかが決まるレベルであったので何回も修正をしなければならなかった。企画書を書いた後はプログラムに使う機材を作った。パズルに使う写真の撮影から案内板のデザイン、アンケートの作成まで、プログラムに必要なさまざまな機材を全部用意した。またプログラムの進行を手伝ってくれるスタッフを探して、プログラム趣旨から進行方式まで細かく説明をした。

 

インターンの最後日、教育プログラムを実施した。結果としては成功だったが、プログラムを進行する中で色々な問題が発生した。子供たちの突発的な行動でパズルが壊されたり、なくなったりし、子供についての研究が足りなかったなと思った。しかし、手伝って下さったスタッフたちの助けで子供たちにアクロカントサウルスについてより良く教える機会になったと思う。

 

インターンをしながら感じたのは、学校で学ぶことは絶対に無駄ではないながらも、現場での仕事とは違いがあるということだ。確かに、今までの学びが現場で仕事をする時に助けにはなるけれども、それば仕事のすべてにはならない。本当の仕事を学びたいならば、直接現場に出て経験しなければならない。今回インターンで学んだことは今後自分が社会に出で仕事をする時により早く仕事を身につけるためのヒントになると思う。

 

 

s3s2

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

○研究室運営HPはこちら

asp

  • LINEで送る

2014年10月10日  学生紹介

在学生紹介(赤川陽太郎:13年度入学)

美術と共に生きる術を学ぶ

akagawa

  アートプロデュース学科2回生

  赤川陽太郎くん

 

 

-ASP学科を選んだ動機-

「幼少のころから作ること続けてきた。今もそれは変わらない。小学校、中学、高校と進むにつれ美術を学ぶ機会は減っていく一方…芸術大学に進んでどっぷり美術に浸かりたい。だが、油絵、デザイン、彫刻、写真、漫画どの道に進んだらいいのか…それに大学を出た後、芸術で食っていけるのだろうか?」と考え過ごしていた高校2年生の夏。周りが進路を固めている中、目的も無くオープンキャンパスを巡る日々を過ごしていました。その流れで、京都造形芸術大学オープンキャンパスへと、赴くこととなったのですが、それが運の尽…運命の出会いでした。
「何故、山に大学を作った」と思いながら苦しい階段を上り終え、古代ローマ神殿顔負けの門を抜け、情報デザイン学科のブースを目的地に設定し大学内をうろついていると、背後から「そこのアロハのあんちゃん!! パズルやってき!!」という威勢のいい声とともに、そのおばちゃんに拉致されました。アロハシャツを着てきたことを悔いつつ、黒板ほどある枠に、漫画本ほどのピースを埋めていきました。時間が進むにつれ人が増えたのか、取り組んでいる人が皆「完成しないと帰されない」と覚悟したのか、完成は早かったです。そして知らぬ間に、その学科ブースの席についていました。福学科長(私を拉致したおばちゃんの正体)や先輩と話すことに。今現在の日本での美術の境遇、世界の美術館と日本の美術館の差(例えばアメリカでは基本的に入館料は無料)や、展覧会を企画するにはまず何をしたらいいのかというノウハウが学べたりすること。在学生の中にはデザインやアート制作を続けている人もいて、卒業生は様々な職に就いていることなどなど。ですが決め手になったのは「美術とともに生きて、死にたいならうちの学科に来ぃ!!」の一言でした。「この学科は、美術と共に生きる術を学べる!!」と、私はすっかり洗の…魅了されてしまいました。

 

 

-ASP学科で学んでいること-

ASP学科は、他大学の教授や、学外とのパイプが強く、様々なことを多く体験できます。経験値が貯まるのがはやいです。最近では、宮城県女川の復興活動に参加させていただきました。メディアというフィルターを通さず、町の人と美味しい食事と酒を囲んで直接話し、町民と政府の復興像の食い違いが起きている 話を聞いたり、神輿をかついで町をねり歩き、祠まで200段の階段をダッシュしたり。ネットやテレビでは体験できないことばかりです。また、企画等に関わ ることが多いので、スケジュール管理癖が付きます。あとは、健康管理ですね。体が動かないことには始まらない。授業に関しては、「耕三寺顕範」の「ASP 学科で学んでいること」を参照して下さい。同意見ですので(手抜きではないですよ)。

 

 

-今後やってみたいこと-
進路は今は全く考えていませんが、在学中にバックパッカーがしたいです。己の身とバックパックひとつ、コミュニケーションとサバイバルを両立するための登竜門的存在がバックパッカー、と私は考えています。

 

 

-これからASP学科にくるみなさんへ-

ASP学科を一言で言い表すなら「Composition C-4」(*)だと思います。この学科には多くの起爆剤が散布されていて…ようはチャンスが多くあるということです。経験できることが多岐に渡るので、高校生活中には経験できないことだらけです(中年オヤジとダンスしたり、教授と大浴場に入ったり)。そこから将来を考えるのも悪くないと思います。それに先輩や教授とこれだけ話す機会がある大学は、そうそう無いですよ。

 

(*)Composition C-4アメリカ軍を始め、多くの国が採用しているプラスチック爆弾

 

 

〈2014/10更新〉

 

 

———-

学科運営のHPでは、ほかの在学生インタビューも公開しています。

○研究室運営HPはこちら

asp

 

 

1 2 3 4 5 12

コース・分野を選択してください

BLOG

過去の記事

トップページへ戻る

COPYRIGHT © Kyoto University of the Arts

閉じる

ABOUT

京都芸術大学は、今アジアで最もエネルギーを持って動き続ける大学であるという自負があります。
通学部13学科23コース、通信教育部4学科14コース、大学院、認可保育園こども芸術大学。
世界に類を見ない3歳から93歳までが学ぶこの大学は、それぞれが溢れる才能を抱えた“プロダクション”のようなものです。

各“プロダクション”では日々何が起こっているのか。授業や取組みの様子、学生たちの作品集や人物紹介。
とどまることなく動き続ける京都芸術大学の“プロダクション”の数々。
そこに充満するエネルギーを日々このサイトで感じてください。