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死は救済だった

死神は優しい顔をしていた

イラストレーションコース 印南楽々

 病の苦しみによって、「生よりも死に救いがある」と考えてしまう人が存在する――その現実を、イラストを通して社会に伝えたい。
 ”死=絶望”ではなく、“死=救い”としても捉えられるような感覚を表現しました。
 自身の闘病体験を通して、「もし苦しみから解放されるのなら、死を受け入れてしまうかもしれない」と考えたことが、このテーマに結び付きました。
 「人によっては、死は救いであるかもしれない」「死は必ずしも否定すべきものではない」という、従来の死に対する価値観を少しだけ揺らすような作品を目指しています。

 病を抱え苦しみからの解放を願う少女と、彼女を死へと誘う死神。
 少女は死を望んでいるわけではないが、「もうこれ以上苦しみたくない」という切実な思いから、死神の差し伸べる手を受け入れます。
 背景はほとんど動きを感じさせない構図とし、見る人に“静寂”を印象づけています。生きるとはすなわち動き続けること――その対比としての“静止”を、死の象徴として用いました。

 少女の外見は、一見すると死に救いを求めるほどの重い病を患っているようには見えません。しかし、病は必ずしも目に見えるものだけではなく、身体内部の機能不全や精神障害など、外見からは判断できない場合もあります。本作品では、どのような病にも当てはめられるよう、あえて視覚的に分かりやすい症状を少女に与えませんでした。
 細部では、髪の毛、痩せた体型、表情の三点によって闘病の様子を表現しています。
 髪の毛は、長い間前髪などを切ることができず、必要以上に伸びてしまっている点に、日常生活をままならない状態を表現しています。
 感情の読み取れない表情と止まらない涙は心身の制御を失った状態を示しています。
 痩せた体型は、長期間十分な食事が取れなかったことを示しています。(病気によっては体重が増える場合もありますが、本作品では少女の弱々しさを強調するため、痩せた体型を選びました)
 これらはすべて、私自身の闘病生活で実際に経験したことを基に制作しました。
 背景に病院の廊下を描いた理由は、入院経験の有無に関わらず誰でも馴染みのある光景であり、より広く病を想起させられると考えました。「精神・身体どちらの病気としても通用する表現」という今回の作品の軸に合致していると考えました。

印南楽々

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