千葉胤貞の中山門流への寄進に関する一考察
歴史遺産コース 林秀敏
中山法華経寺は、鎌倉末期から建武期に、千葉胤貞の四十六町余の寄進と胤貞の猶子である法華経寺第三代貫主である日祐の活動によって大きく発展した。千葉氏に関する研究は盛んに行われており、胤貞の法華経寺への寄進の理由についても、胤貞一族の宗教を基盤とした族的結合、所領支配のためという見解が定説となっている。この時期は、建武動乱期であり、また、千葉氏も胤貞流と従兄弟で本家となった貞胤流に二分していた。こうした状況にあって、胤貞の法華経寺への関わりも変化していったのではないか。この卒業研究では、胤貞が法華経寺に関わった史料とその時代背景を再検証することにより、その変化を考察することにした。胤貞の寄進は、当初は定説の通り一族の結合を目的としたものであったが、元徳三年と建武三年の寄進は、合戦の直前に出されており、直接的には武運を願うものへと変化していったと考えた。そして、胤貞の最後の寄進とされている建武三年の寄進状には、寄進地が記されていない。また、後世の史料にも胤貞の寄進が実際に行われたことを示す史料も遺されておらず、このことは、この三十町の寄進は、合戦で勝利することで得られる領土を前提としたものである可能性を示していると考えた。
林秀敏
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