蛍雪時代
文芸コース 木本裕子
子どもが思春期に入る直前の十一歳頃には、意識・無意識を問わず、自己認識への目覚めが始まると考える。自分が何者か、自分の所属している場所や空間、階級や序列について、同世代や大人との比較、性への興味や自身の性自認など、その時期の子どもは日々考え、迷いやゆらぎを抱えながら生きている。
なかでも感受性が豊かで、早熟な思考力を持っている子どもは、視覚化できない抽象的な概念を理解し始める。それは心の成長の過程といえるが、歪なベクトルに向かう危うさも孕んでいる。
本作品では、過酷な受験勉強を強いられている、進学校の小学生たちの姿を描写する。特に連続する試験の合計点数によって最終学年のクラス分けがされる、強いストレス下にある五年生に焦点をあてる。
また、小学校という表からは見えにくい空間で共存する、教師と生徒たちとの出来事を描くことで、教育現場を表現する。
◆あらすじ
エッサイ(ボク)は、とある進学校の五年生になったばかりの小学生である。信頼関係が生まれつつあった音楽教師が辞めてしまい、ショックを受けている。中学受験を意識した授業は厳しさを増し、憂鬱な新学期であった。
ボクは友人もなく勉強も苦手で、受験のストレス下にある同級生たちからは、八つ当たりされるような存在だ。そこで自分を透明にすることにした。周りから目立たなくなることで自分を守った。
夏休みの補習授業で、三人の女子と同じグループになった。そこでは先生の膝の上で問題を解くという奇妙な時間を過ごす。三人のうちの一人、ツグミはその異常さに気づき、教室を飛び出していく。彼女の息苦しさを共有することで、ボクのなかにツグミに対する心の変化が生まれ始める。
冬のある日、体育での長距離走中に体調を崩したボクは、ツグミに付き添われて保健室に行くことになった。そこで養護教諭から初潮の有無を尋ねられる。透明なボクはなにも答えることができない。エッサイは少女の肉体の中に生まれた少年の意識であり、これからも透明であり続けるのか否かは誰にもわからない。
木本裕子
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