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音楽の神様を探しに

文芸コース 城間優子

学科賞

【作品への想い】
 これまで舞台や音楽に関わる仕事をしてきて、「この瞬間を残しておきたい」「この話を書き残しておきたいな」と思うことが多々ありました。創作の現場はいきいきと豊かな時間であるとともに、煮詰まり、悩み、葛藤する重苦しい時間も訪れます。でもその中で語られる言葉や起こる出来事は、完成した作品と同じくらい素敵で、それでもけして表に出ることはなく、届ける手立てがないのはもったいないなと感じてきました。
 書くことを改めてきちんと学んでみたいと思ったのは、そんな動機があったからです。
 この作品を通して、広い音楽の裾野のさまざまな現場にいる人たちの、大きな声で語られることなく消えていってしまう言葉たちを少しでも残せたら。作り手の声だけでなく、観客やスタッフたち、普段フォーカスされることの少ない人たちの言葉も等しく大事にとっておくことができたら。という思いで、お一人お一人の言葉を書き起こしました。
 奇しくもコロナ禍を挟み、さまざまな人たちのお話から舞台芸術の現状がにじみ出てきたことも貴重な機会になりました。
こころよくお話ししてくださった皆様に心から感謝しています。


【作品のねらい】
 この作品は、音楽に関わる人たちに、音楽を仕事とする私がインタビューをし、それをもとに構成したノンフィクションである。
 私は舞台制作を生業としている。舞台に立ち表現する立場ではなく、企画立案、予算作成から公演実施まで責任を持つ仕事だ。特に音楽に関わる舞台を制作することが多く、これまで二十年ほどの仕事の中で、音楽に関わる多くの人と出会うことができた。
 創作の現場に立ち合い、ディープな話になると、彼らからよく「音楽の神様」という言葉が飛び出す。恐れ、畏怖、憧れ、焦り、さまざまな想いが交錯するこの言葉の奥に、音楽の本質、表現の本質が潜んでいるかもしれない。彼らが語るそれぞれの「音楽の神様」が何者なのか、どこにいるのかを探しにいってみたい。
 仕事で出会うさまざまな立場の音楽関係者にインタビューを重ね、それを自分がどう受け止めていったのかを地の文で綴っている。それぞれのインタビュー相手と共につくったり見たりした「創作現場」のシーンを入れ、どのような現場を踏んだ上でその人の話を聞いたのかも描く。エッセイとインタビューが渾然一体となったノンフィクションにすることを目指した。
 多くの人の話を書いていく上で、散漫にならないよう、「音楽の神様」という縦軸につながる横軸のテーマを設定し、項目を立てた。章ごとにテーマをもうけてはいるものの、それぞれのテーマは章ごとに完結して答えを出すものではない。
 また、インタビュー相手には、あらかじめテーマを設定して話を聞くのではなく、来歴や創作活動全般をじっくり聞く中で、私が印象に残った部分を、書く段階でテーマとしてピックアップしていった。一章一テーマに収まらず、章を超えてテーマが行ったりきたり横道にそれたりしながらも全体を通しては一貫性を持たせ、書き手の私が話を聞きながら考えた道筋を、読者が共に辿れるような作品になっていれば嬉しい。

【抜粋】
 2020年2月、新型コロナウイルスが世界中で流行した。私が最初に舞台の中止の連絡を受けたのは2月の下旬だった。はじめは「そんなおおげさな」と感じたのだが、あっというまに3月上旬には学校が休校となり、飲食店や娯楽施設が次々に営業自粛を始めた。同時に、ほぼ全ての劇場やライブハウスも閉鎖し、3月の中頃までには舞台が全て中止になっていった。 そのとき、医療関係者が奔走するなか舞台関係者が一斉にアピールしたのは、「舞台の灯を消すな」、「こんな時だからこそ芸術を」というメッセージだった。その大きな声に、私は強い違和感をおぼえた。(中略)
 その年の6月。コロナ禍になってから初めてのコンサートの現場があった。マリンバ奏者がとある個人美術館で開いた、定員わずか十人のコンサート。まだ再開する舞台は少なく、主催者にも開催への苦言が届いたり、出かけるのも家族にとがめられたりする時期に、ある種の覚悟を持って集まった観客と、奏者、美術館オーナー。私語なしトークなしのその日は、コンサートとは思えないほどのはりつめた緊張感があった。
 木でできたマリンバの音が、石造りの美術館全体を震わせるように響き、残響の先に静寂が生まれる。絵と音楽と人との静寂がぴたっと調和した瞬間があって、「生」というのはこういうことか、と思った。その静けさは切実で、どんなスローガンよりも雄弁だった。
 その時演奏したマリンバ奏者Fに、数年ぶりに話を聞いた。彼女は私と同い年の四十代後半。家庭を持ち、子どもを育てながら活動を続けてきた。あの時、世の中全体がギリギリの緊迫感の中で開催を決め、演奏をしたことを、彼女はどんなふうに感じていたのだろう。2024年秋、改めてその時のことを聞いてみた。

「やってる方はどの現場だろうが、どんな状況だろうが、お客さんがいて自分がプレイするということは変わらないんだよね。緊張感はやっぱり変わらない。逆にちょっとかっこつけてやろうなんて思った日には、出てきた音は最悪ですよ。それを何度か経験して学んだので、そこからはどんな状況でも、なるべくリラックスしていい演奏ができる状態に持っていけるようにと思ってる。でも、あの日はいい公演だった。聴いてくれているのが空気で伝わってきて、あとでアーカイブで見たときもその空気感が残ってたから、いい公演だったなあと思って」
「お客さんが聴いてくれているエネルギーって、どうやってわかるの?」
「マリンバ弾いてると、聴いてくれてるなっていうのがわかるんだよね。別に空気で話しかけてくるわけじゃないんだけど、空気がピーンって、こう張り詰めるっていうか、しわしわになってたのが、ピーンってなる感じかな。そうなると、『ああ、きた!』って思って、そこからがおもしろいところで、『あ、きた』って察知してすごく良くなる時と、すごく崩れる時がある。いい、最高、となった瞬間二通りにわかれるの。なんでだろう、力みなのかな」

第6章でインタビューした音楽家の直筆楽譜とピアノ。曲が生まれる瞬間が、殴り書きや書き直しの楽譜の中に残っている。

城間優子

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