芸術学コース 芸術学コース
日本における絵本のデザイン—1960年代にみるその成立—
桃山建築の蟇股を指標とした根来大工集団の動向—和歌浦天満宮・三船神社・日光東照宮を素材として—
能《卒塔婆小町》における小野小町—老衰落魄伝説を中心にして—
ジュリー・テイモアによる視覚的演出—ストラヴィンスキー作曲オペラ=オラトリオ《オイディプス王》をめぐって—
バルテュスが描く主題について—少女を描き続けたことについての一考察—
鴨居玲—異境への旅と晩年の自画像制作についての考察
人形浄瑠璃文楽の「花道」についての一考察—その成立と消長—
七夕の図像—その描かれ方と親しまれ方—
ジャコメッティにとっての女性像
太陽の塔についての研究—「ベラボーなもの」の意味を探る—
近現代における金襴袈裟の展開
義太夫節における「風」の認識と意義—杉山其日庵著『浄瑠璃素人講釈』以降の「風」論の変遷から—
バブル遺産としての建築…その未来
大阪・孝恩寺木彫群への視点—「在地仏師」「行基仏」「霊木化現仏」論の再検討—
長谷川等伯の装飾美の世界と意匠性—金碧障壁画に描かれた自然美—
北欧デザインにおける日本の工芸の影響について—ヨセフ・フランク、マイヤ・イソラのテキスタイルを中心に—
良寛における懐素受容と草書の形成
カラヴァッジョ—《ロレートの聖母》に見られる新たな表現とその受容についての一考察—
ルオーと道化師—道化師作品にみられる宗教性についての考察—
ヴィスコンティが描いたふたつの家族—《若者のすべて》と《家族の肖像》における記憶と虚構—
京都祇園祭の山鉾と金唐革—日本で復元された金唐革の考察—
山あいの農地でパンを焼き荒神様に奉納する実践報告
アーカンサスの系譜—柱頭彫刻に見る—
田村能里子の壁画—《二都花宴図》とジュンジュヌの壁画の関連性—
「対話型鑑賞」を考える—「美術館でおしゃべりしよっ!mite!ながの展」における「対話型鑑賞」の実践と考察—
初期マニエリスムの考察—ヤコポ・ダ・ポントルモを中心にして—
藤島武二の《天平の面影》に関する一考察—≪天平時代の面影≫から≪天平の面影≫への改題について—
WEDGWOODの知られざるジャポニスム—イギリス陶磁器にみる日本美術の諸相—
諏訪大社の御柱祭—御柱祭がもたらすものなぜ今も続くのか—
河原温—浴室シリーズとデイト・ペインティングをつなぐもの—
ルネ・ラリックのガラス工芸における女人像について
ポスターに描かれた女性像—「赤玉ポートワイン」をめぐる日本の初期広告ポスター—
17世紀オランダにおけるレンブラント作品、工房作品の受容の考察—コピー作品をどのようにみるか—
現代広告に見る、マグリット的な広告とは?
カンディンスキーの初期受容と日本の画壇—京都でのいち早い取組みと美術・文芸雑誌の役割—
花の造形作品と展示の場について—インスタレーションの消失から復活、そして作品の概念の拡張へ—
ブラック・スライド・マントラで、あそぶ—イサム・ノグチの滑り台について考える—
藤田嗣治—二つの時代の「乳白色の下地」—
構造の必然性という視点から見た暈繝彩色をめぐる試論—正倉院宝物花氈とモザイク・ガラスにおける色彩表現に関する一考察—
中国現代アート拠点の動向—北京・大山子798芸術区に関する調査より—
民俗芸能としての播州歌舞伎の継承
明治日本における文学と美術に関する一考察—夏目漱石と藤島武二を中心に—
モネジヴェルニーの庭について—二つの庭と作品の特質—
パウル・クレーの造形思考—色と面と線を組み立てる法則を追う—
狩野芳崖《悲母観音図》におけるジョルジョーネの《聖母と聖人たち》を通したイタリアルネサンス絵画の影響について
醍醐寺における鎌倉時代造像の如意輪観音坐像に関する小考
モデナ大聖堂外壁の図像プログラム—葛藤を乗り越える図像の力—
大正時代の矢部季のデザイン—ビアズレイに影響を受けた資生堂意匠と装幀—
スーチンの批評史にみる民族性の解釈とその変容
市民の芸術参加の可能性について—横浜トリエンナーレ2008市民サポーターの取り組みを例に—
藤田嗣治と戦争画—作品《サイパン島同胞臣節を全うす》を中心に—
レンブラントの聖書画—晩年様式獲得における画業中期の意味—
博物館明治村—その意義の変遷と今日的なあり方への一考察—
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