本文へ移動

アートライティングコース 大友 リカコ

 芸術史近現代2の講義で、丸木位里・赤松俊子制作《原爆の図 第1部幽霊》(1950)という作品を知り、夫妻による共同制作という点と原爆という題材に、まず興味を持った。そして昨春、埼玉県東松山市にある原爆の図丸木美術館に赴き、実物を鑑賞した。凄惨極まりない描写の中にも一片の救いとなるような、命が放つ柔らかな光も表現されたところに魅力を覚えた。そして、人類史上初めて被爆を強いられた人々を描くことに挑んだ夫妻について詳しく知りたくなった。
 水墨画家丸木位里(1901-1995)と油彩画家赤松俊子(丸木俊・1912-2000)夫妻は、位里の故郷・広島に原爆投下後、実家に駆けつけ、その惨状を目の当たりにした。そして朝鮮戦争が勃発した1950年に《原爆の図》初期3部作を発表する。《原爆の図》が反戦平和・民主化を訴える政治的メディアと化す中で、連作にまい進する俊子に対し、位里は息苦しさを覚えて共同制作から離れようとした。結局夫妻は通算30年以上をかけて《原爆の図》連作をはじめ、様々な作品を共同で描くが、その軌跡は夫妻にとって葛藤の連続でもあった。20世紀に起きた惨禍を題材とする共同制作を通して、夫妻がそれぞれ追求したことについて述べる。


東京都

《原爆の図》を描き続けた位里と俊―「相克」の果て

大友 リカコ

アートライティングコース

このコースのその他作品