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弔いの風景 死者とともに

~弔いをめぐる思索の旅~

アートライティングコース 櫻井 武文

「弔い」について思索をするとき、心が穏やかになるのはなぜなのか、という自分自身の問いに答えるべく、多様な弔いから、「生者」と「死者」の関係を考察。思索のきっかけとなったのは縄文遺跡から発掘された子供の足形付土版。幼い時の記憶に残っている海難事故の際に浜辺で焚かれる迎え火の風景、共同体による野辺送りというかつての葬送の風景と家族葬や自然葬回帰、絆絵、未来の肖像といった現代に起こりつつある新たな葬送の風景を対比させ「かたち」が変わっても変わらぬ祈りの「おもい」を自身の体験と向き合いながら追いかける。

現代語られることが多い「孤独死」「看取られる事のない終わり方」にも触れる。ふと面影に思いを馳せる瞬間にも「生者と死者の呼応」は始まっている。死者の記憶は静かに生き続ける。生きてきた証として浮かび上がる月日は、美しい。
「弔いとは何か」を問えば、見えてきたのは儀式や宗教の形式ではない。亡き人との「つながり」をもう一度見つけ出し、死者と生者のあいだに新たな関係を結び直そうとする、人の心の働きそのものである。

我々は死者を通して自分自身の「生」を見つめ直す。生まれ、生き、見送り、見送られる。弔いの行為は、失われた命を悼むと同時に「今をどう生きるか」という問いへの静かな答えがある。

櫻井 武文

アートライティングコース

大学生活は暗中模索から始まりましたが、地域に目を向ける機会、仲間が書く文章や取り組む姿勢を相互論評で触れるたび、視野が開けるような瞬間に満ちた4年間でした。生きると同時に失うことについて考えるきっかけとなる課題がいくつかあり、そのことが卒論のテーマとなる「弔い」の思索へとつながったと思う。
最初は個人的な体験を盛り込むことへの抵抗がありましたが、先生方に導かれ人生経験とアートライティングの視点を螺旋のようにまとめることができたと思っています。

50歳のおじさん、精一杯やりきりました。

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