芸術学コース 伊藤 千芝
菱田春草が多く描いた「猫」の表情が変化したことに着目し、眼病を患い視界が悪くなってきた春草の心身の状態を猫の“眼”に擬えたのではないか、という仮説を検証している。そのため、「猫」だけを並べてディスクリプションし、制作動機を考察した。
菱田春草は、1907年頃から眼を患い、1911年に失明、同年37歳の若さで生涯を閉じる。猫を画題にした作品は、13作品ある。
春草が最初に猫を描いたのは、徽宗の白猫を模写した東京美術学校卒業直後とみられ、その後も徽宗の猫を意識していた。しかし、眼病が悪化した1909年頃から、猫の表情は変化してくる。特に、水墨のみで描かれた《竹猫》は、病気が深刻化した時期と重なっており、視力悪化の不安と関係性があるのではと考える。また、白猫時代はリラックスして座り、目線は横を向いていた。しかしながら《竹猫》以降の黒猫はなにかにおびえるように鑑賞者を凝視し、警戒心をあらわしている。
春草が視力に執着し、「夜でも目が見える」黒猫に自身をなぞらえたのではないか。また、描いた黒猫はいつでも逃げられる姿勢であり、緊張感が漂っている。このように、春草の「見る」ことへの執着を感じ、猫に自身をなぞらえたと結論づけた。
神奈川県
菱田春草「猫図」の変遷 -制作動機に関する考察-
伊藤 千芝
芸術学コース
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