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ワタクシがんになりまして…

ー がん患者のQOL向上とは ー

(大学院)映像デザイン分野 井上 広一

近年、医療技術の進歩によって多くのがん患者が長期的な治療生活を送るようになった一方で、病と共に生きることによる心理的・社会的課題が顕在化している。がんは単に身体の疾患であるだけでなく、自己のアイデンティティや生の意味を根本から問い直させる経験でもある。治療の過程で患者は、身体の変化、死の不安、社会的役割の喪失などに直面し、しばしば孤立や無力感を感じる。そのような状況において医療の目的は単なる延命ではなく、患者が「自分らしく生きる」ことを支援する方向へと拡張してきた。その理念の中心に位置するのが「QOL(Quality of Life:生活の質)」という概念である。

QOLとは、身体的健康のみならず、心理的安定、社会的関係、そして自己実現の感覚などを含む包括的な概念である。特にがん医療の領域では治療成績の指標としてだけでなく、患者の主観的幸福感や生きる意味を測る尺度としても重視されている。これまでの研究では、心理療法やアートセラピー、ピアサポートなど、様々な支援方法がQOLの向上に寄与することが示されてきた。しかし、患者自身が主体的に自らの物語を映像の中で語り、QOLがどのように変化するのかという点については十分な研究がなされていない。

本研究は、筆者自身ががん患者としてセルフドキュメンタリーを制作するという実践を通じて、自己表現がもたらす心理的・社会的効果を検討するものである。セルフドキュメンタリーとは、制作者自身がカメラの前後に立ち自らの体験や感情を映像として記録する形式のドキュメンタリーである。それは単なる記録行為にとどまらず、自己を語り、他者へと開かれた形で自己を再構築するプロセスでもある。筆者にとって本作品の制作は病の中で揺らぐ自己と向き合う試みであり、その過程を学術的に分析することでがん患者のQOL向上の一助となる可能性を探ることを目的としている。

本研究は、筆者自身が一定期間にわたり撮影・編集を行い、その過程や感情の変化を詳細に記録する。次に、制作後の映像を自己分析の資料とし病の語りやナラティブ・メディスンの理論に照らして検討する。これにより、「語る」「撮る」「見る」という多層的な行為が、自己理解やQOLにどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることを目指す。

がん患者である自らをセルフドキュメンタリーの対象者とし、「語る・撮る・見る」という過程を通して自己理解やQOLへの影響を明らかにすることを目的に制作した。

井上 広一

(大学院)映像デザイン分野

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