大事なことさえ忘れなければ大丈夫!
水墨風山水絵巻「デジタル瀟湘八景」
イラストレーションコース 今井究 (Q)
作品は動画で鑑賞してください。動画では作品全体を一枚絵として鑑賞できます。絵巻物を見るような感じで鑑賞していただけると嬉しいです。白黒バージョン(一部着色)とフルカラー・バージョンがあります。
人間を含む動物には、生まれながらに3つの自由があるようです。考える自由(想像する自由)、喋る自由(他者と交流する自由)、動く自由(旅をする自由)です。そして、人間の自由を保障するのは政治でも経済でも科学技術でもなく、相互扶助の文化のようです。それは、日本では「困ったときはお互い様」とか「情けは人の為ならず」などといった表現で共有されている人類共通の助け合いの文化です。仲間意識や友愛の精神など日頃の心の持ちようとも言えます。この自由と友愛という何よりも大事なことさえ忘れなければ、何事も上手くいくので安心して大丈夫!自分を信じて、明日を信じて生きていれば、どんな苦労もいつか必ず報われる!明るい未来が待っている!というのが、私の絵の裏にあるメッセージです。
さて、絵の中には旅をする人と旅で交流する人を小さく描き込んでいます。最初、旅は右から左に進んでいきますが、左から右に進むことも、途中で引き返すことも、どこかに留まることもできます。何をしている様子なのか?何かお喋りをしているのか?どんなストーリーが隠れているのか?描かれていない部分に何かあるのか?是非自由に想像してみてください、『ウォーリーをさがせ』や『旅の絵本』あるいは『山水長巻』(※)を見ているときのように。そうやって絵の中に入って遊んでいただけると嬉しいです。なお、絵の中には女性しか登場しません。男性は登場しないだけで、どこか別のところにいるのかも知れません。それもまた想像してみてください。
サブ画像として、本来は横長の一枚絵を場面ごとに8分割して、上段に白黒バージョン(一部着色)、下段にフルカラー・バージョンを掲載しています。色はモチーフの実際の色とは関係なく、デザインとして選んでいる部分もあります。場面ごとに補足説明を付してあるので、あわせて楽しんでいただければと思います。
※:マーティン・ハンドフォード『ウォーリーをさがせ』フレーベル館、1987年
安野光雅『旅の絵本』福音館書店、1977年
雪舟『四季山水図巻』(通称、山水長巻)1486年作、毛利博物館所蔵
煙寺晩鐘:ギリシアのメテオラ、ブータンのタクツァン僧院、中国の梵浄山等参考に想像した風景です。色も想像です。チベット仏教のタルチョーのようなものは、中国の張家界のジップラインに衝撃を受けて描きました。
遠浦帰帆:中国の桂林、ベトナムのチャンアンやハロン湾等参考に想像した風景です。この絵の世界では船でも何でも物をもらったり、あげたりすることにこだわりがないようです。声さえ掛ければ自由に使えるようです。
漁村夕照:イタリアのチンクエテッレを参考に、斜面に積み重なるように建てられたカラフルな街並みが夕日に染まる景色を少し昭和レトロな雰囲気で描いてみました。天辺の家の屋根に次の場面から飛来した鳥がいます。
平沙落雁:左端にチュニジアの伝統的な建築クサールとベルベル人女性を、空中にサハラ砂漠を超えてヨーロッパへ渡るシュバシコウを描きました。シュバシコウは赤ちゃんを運ぶコウノトリとして知られている鳥です。
瀟湘夜雨:オーストラリアのカタジュタを山水画っぽく少しデフォルメして描いてみました。次の場面とのつながりで、左端にスイスのログハウスを描きました。その前では雨合羽と防寒着を贈り合っているようです。
江天暮雪:スイスのマッターホルンを少しデフォルメして、何となくアッシリアの守護精霊ラマッスの横顔っぽく見えるように描いてみました。一見つまらない真っ白な画面で雪山の寒さと静けさと眩しさを表現しました。
洞庭秋月:カナダのナイアガラの滝を参考に、滝壺から湧き上がる水煙に浮かぶ月虹を描きました。右端の建物は北米先住民族の家ロングハウスです。その横に防寒着が置いてあります。贈り物なのかも知れません。
山市晴嵐:ペルーのマチュピチュを参考に、賑やかなお花見の場面を想像して描きました。真ん中の木は北米先住民族の平和の木をイメージしています。白頭鷲が木の天辺で、自由で平和な世界を見守ってくれています。
作品全体を一枚絵として鑑賞できるよう横スクロールしています。まず右から左へスクロールし、次に最後の場面で折り返して左から右へスクロールして最初の場面に戻ります。こちらは白黒バージョン(一部着色)です。
動画1と同様の動画のフルカラー・バージョンです。
昭和38年福岡生まれ、大阪育ち、東京在住、両親の実家は広島、還暦過ぎの元サラリーマンです。子供の頃から図画工作が好きで、最近は浮世絵や新版画に魅力を感じています。
定年退職後、木版画の学校を探していて、京都芸術大学通信教育部デザイン科イラストレーションコースを見つけました。アートの正規教育への憧れもあり、イラストなら画材や因習に囚われず、自由に、古今東西偏りなく、しかも最先端の技法や理論を基礎から学べるはずと勝手に勘違いして入学しました。入学して直ぐ勘違いに気づき、自分の中で折り合いをつけるのに苦労しましたが、振り返ると、この葛藤があったからこそ、多くの学びや気づきにつながったような気がしています。また、ビジネスからアートへの禊(みそぎ)として、自分には必要不可欠な時間だったような気もしています。
これからは好きなものを好きなスタイルで自由に制作したいと思っています。
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