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金町松戸関所における庶民通行の実態について

ー途中手形を中心としてー

歴史遺産コース 坂田祐次

金町松戸関所(東京都葛飾区東金町)を通過した庶民男子の関所手形(嘉永二年〈1849〉、同五年から七年などに発行された)が、平成3年(1991)近隣の葛西神社から約400点が発見された。その手形の発行者は、僧では、通説のとおり身元の保証ができる寺院や寺院の役僧となっていた。これに反して、江戸の旅籠屋などが旅の途次の者に発行した関所手形(途中手形)も含まれていた。
江戸後期、金町松戸関所と同じ、幕府直轄の房川渡中田関所や小仏関所では、出の男が手形を求められたことは、高札や関所規定などでは確認できない。一方、藩預の箱根関所や碓氷関所では、郷村の名主や庄屋などが身元を保証した関所手形が必須となっていた。木曽福島関所では庶民男子を改める条項はない。金町松戸関所では、作場渡を利用した関所除け(関所破り)が公然と行われていた。また、江戸の旅籠屋がなぜ関所手形を発行できたのかを考察した。
江戸防衛上重要とされる関東地方の主な関所の高札や旅日記などを比較し、江戸後期における庶民男子の関所通行の実態に迫った。

坂田祐次

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