平安時代初期造像仏における岩手黒石寺薬師如来像の位置づけおよび造像背景の考察
歴史遺産コース 冨林和雄
貞観4年(862)12月造立という木造仏最古の胎内銘がある黒石寺薬師如来坐像について、平安時代初期彫刻史における位置づけを考察し造像背景の再検討を行った。
平安時代初期仏を基準的作例や黒石寺像の類例と考察すると、同像の位置づけの第一は神護寺薬師如来立像・元興寺薬師如来立像・新薬師寺薬師如来坐像の系譜を継ぐ像であり、第二に黒石寺像が平安初期の造形・様式の特徴を備え、その特徴が9世紀後半に造立された像にも受け継がれていることである。第三として、新薬師寺薬師如来坐像の造像時期を考慮すると黒石寺像の造形・様式感は弘仁期の後半から承和期初頭であると考えた。
一方、9世紀前半における陸奥国は天変地異、飢饉、疫病等が相つぎ、その対策として各種宗教政策が発出された中、黒石寺像は七仏薬師像として造像され、薬師如来の霊力を頼り造られたと考えた。
薬師悔過法は当初天皇やその近親者の徐病延命が目的であったが、承和期に入り「疫病流行の停止や防止」に目的が変化した。黒石寺像は胆沢城鎮守府の影響下「私寺」として「薬師悔過法」の力を必要として造像され、特徴的な造形・様式感は東寺諸像造立前の時代に形成されたと考えている。
冨林和雄
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