宝塚歌劇における踊りの変容
ー『ベルサイユのばら』上演史を中心にー
(大学院)芸術学分野 岡田 菜生
1. 制作研究の概要
本研究は、宝塚歌劇団の代表作『ベルサイユのばら』を対象として、舞踊表現の変容を上演史の中で分析することで、宝塚歌劇がどのようにして時代の変化に対応しつつ存続してきたのかを明らかにする目的の研究である。
研究方法は、昭和の初演期、平成の再演期、21 世紀、令和期という四つの時代を代表する上演を軸に、舞台映像資料、公演プログラム、演出家や振付家へのインタビュー番組などの一次資料を用いて比較分析を行った。特に舞踊表現に注目し、群舞構成、振付家の系譜を中心に、多角的に検討した。
また、教育制度や振付家の世代交代といった制度的背景、観客の受容や社会の価値観といった状況も併せて考察した。その結果、舞踊表現の変化は、単なる様式の変化ではなく、宝塚歌劇が時代に応じて表現のあり方を調整してきた過程の中で生じたものであることが明らかになった。舞踊表現の分析を通して、舞踊の役割は、初演期の「非日常的世界の提示」から、平成期の「華麗なる様式の完成と確立」、そして令和期の「観客との新たな関係性の構築」へと段階的に進化してきたことを確認することができた。
2. 制作研究の背景・意図
宝塚歌劇に関する先行研究は、演出論やジェンダー論、スター制度を中心とした議論が多く、舞踊表現そのものの変化を上演史の中で体系的に捉えた研究は必ずしも多くない。特に、舞踊が単なる視覚的装飾ではなく、演劇的・制度的な装置として機能してきた側面は見過ごされがちであった。
本研究では、『ベルサイユのばら』という 50 年にわたり再演され続けてきた作品を対象に、舞踊が時代の価値観や観客との関係性を映し出す重要な表現要素であり、宝塚歌劇の持続性を支えてきた要因の一つであることを明らかにすることを課題とした。
とりわけ、令和期の 2024 年の上演に見られるヒップホップ的振付やグランドフィナーレにおける客席降りといった新たな試みを、突発的な変化としてではなく、制作側が継続的に行ってきた表現の刷新として捉え、そうした表現が『ベルサイユのばら』において共有されてきた世界観との関係性や、その受容の在り方を検討することを意図した。
3. 制作研究の位置づけ
本研究の特徴は、舞踊表現を分析の軸としながら、振付家、教育制度、観客の受容といった複数の要素を関連付けて検討した点にある。宝塚歌劇に関する先行研究においては、個別の上演や演出を対象とした分析は見られるが、同一作品を長期的視点で比較し、舞踊表現の変容を上演史の中で整理した研究は限られている。
本研究は、舞踊表現の変遷を、演出家や振付家が時代の流行や感覚を捉えながら作品を更新してきた過程として捉え直すことで、宝塚歌劇がいかにして『ベルサイユのばら』という作品を上演史の中で更新し続けてきたのかを、具体的な上演事例から示した。さらに、舞踊表現を上演史の中に位置づけることにより、同一作品でありながらも表現を変化させ続けてきたことが、宝塚歌劇が今日まで存続してきた背景の一つであることを示した点に、本研究の意義があると考える。
4. 自己評価
本研究を通じて、宝塚歌劇における舞踊表現が、時代ごとの観客意識や社会状況に応答しながら変容してきた過程を、上演史の中に位置づけて整理することができたと考えている。とりわけ、舞踊が単なる視覚的な装飾や付加的要素にとどまらず、時代の要請や作品解釈を舞台上で具体化し、観客に伝えるための重要な演劇的装置として機能してきた点を示し得たことは、本研究の成果である。
一方で、研究を進める過程で課題も明らかになった。第一に、音楽と舞踊の関係について十分に踏み込んだ分析に至らなかった点である。本研究では、音楽が舞踊表現を支える重要な要素であることには触れたものの、楽曲構造そのものの分析や振付との関係について、踏み込んだ検討を行うことができなかった。第二に、本研究では、『ベルサイユのばら』の大劇場公演を対象に、舞踊表現の変容を上演史の中で分析することを主眼としたため、小劇場や地方で上演された外伝作品等の上演については扱っていない。これらの作品は上演規模や観客との距離感が大劇場での上演とは異なり、全楽曲の刷新を始めとした演出の性格も本編とは異なるため、別の視点からの検討が必要になると考えられる。
今後は、本研究で得られた「時代適応力」という視点を手がかりに、観客の受容や舞台上の身体表現について、より具体的な分析を行うことで、宝塚歌劇における舞踊表現の特徴や役割を、さらに丁寧に検討していくことが可能であると考えている。
岡田 菜生
(大学院)芸術学分野
3歳よりクラシックバレエを始め、2020年橘バレエ学校卒業。2021年慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業、同年博物館学芸員資格取得。株式会社フジテレビジョンにてCM制作およびイベント関連業務に従事しながら、舞台芸術研究のため京都芸術大学大学院に進学。修士論文では宝塚歌劇『ベルサイユのばら』を対象に、昭和・平成・令和の上演比較を通して舞踊表現の変容と身体性の時代的意義を考察している。
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