本文へ移動

文芸コース 小泉 春菜【同窓会賞】

 一年数ヶ月の間に詠んだ俳句402句を掲載した句集です。想像句と体験句に分けています。想像句は俳句を楽しめるもの、体験句はコロナ禍での静かで透明なまなざしで見た世の中を追体験できるものになっています。奇しくもコロナウイルス流行と句歴が重なりましたが、こうして一冊の句集として形にできたことは本当に感謝です。



愛媛県

句集『力』・句論 句集『力』制作ノート

≪要約≫
〈作品のねらい〉
 俳句を始めた時期がコロナウイルス流行と重なったため、コロナ禍に詠まれた四〇二句掲載の句集になった。想像句と体験句に分け、想像句は俳句や季節を楽しめるもの、体験句はコロナ禍での普遍の自然と生活を追体験できるものにした。生活が一変した世の中でもこのような気づきや視点があるのだと読み手に少しでも思ってもらうと共に、世の中や状況がどうなろうともこの世界を生きようとする力があることを感じ取ってもらいたい、というのが作品のねらいである。
 また、句論として「句集『力』制作ノート」を書いた。前半は『力』がどのように完成へと至ったかを振り返り、後半は私なりに俳句について気づいたこと、句づくりと土地の影響について、さらに救いとしての俳句と季語について述べた。一冊の句集が出来上がるまでの目に見えない部分を含めて書いているので、句集を読んだ後に読むと、掲載句や句作への理解を深めていただけると思う。
 この先私が詠んだ句がどれだけ残るかはわからないが、この句集にある句がどこかの誰かの記憶に残り、その人の人生の中でふと思い出す瞬間があれば、それこそ短詩型の芸術の成果であり、作品のねらいとも言える。

〈作品の抜粋〉
 (句集名)力 (筆名)水泉春菜 (小見出し)1.日当たり アトリエ アンモナイト おしゃぶり 太陽の色 2.独り言 道沿い 光度 洗いたて 力 前向く体 明鏡止水 天上 カーブミラー 雲間 生まれくる

 (自選十句)キャンバスに向かう君の背かき氷/定期券拾えば君を知る五月/グリーン車に乗せる遺骨や藁塚景色/ポインセチアおしゃぶりを落とした話/参道の青葉時雨の清めかな/彩雲を用意されたる蛇に会う/空蝉に留められたる力かな/青含む烏の羽や晩夏光/室外機のセブンスター色なき風/犬連れし野球着兄弟冬青空

 (1より抜粋)遍路道日当たりの良い美容室/山間の駅で待つ夢梅雨深し/宿題とアンモナイトや八月尽/瑠璃色の皿買い抱く冬の旅/扉を閉める膨張する宇宙よ

 (2より抜粋)生きられる星で生きたし冬銀河/風光る仕事専用スニーカー/春分の青空光度増しにけり/青き朝空は青にと決めた神/身の内の龍感応す五月川/秋耕の人帰るらしバス旅行/路地裏の空を満たすや羊雲/天上のごとき冬日のアスファルト/作りかけの花壇の小山冬日溜/初夢の烏天狗の錫杖音/節分や人も闇より生まれくる

 (句論 句集『力』制作ノートより抜粋)
 ◎作者の視点や感性の他に、その時代の世の中の様子や周りの環境、生活状況など、作者と作者の内外の世界の間で拾い集められたものが作品であり、それらをきちんと形に整えれば、時代を反映したテーマが浮かび上がってくることは、創作の行為として自然なことなのだろう。
 ◎このような、水の流れのような、導かれるように決まってまとまること、人の思惑を超えたつながりは、その本の持つ霊力だと、今回の句集制作で思った。コロナウイルス流行がなければ想像句と体験句を分けなかったかもしれないが、今回の体験句と想像句はまったく次元とカラーが違うものなので分けて当然のものだと、分けてから気づいたのである。
 『力』の体験句は「透明で高いもの」、想像句は「親しみあるあたたかいもの」である。例えるなら、お神酒と自宅で楽しむ市販のお酒、である。想像句は歳時記をめくりながら様々な想像をして作ったり、型の訓練として作ったりしたものである。自分が作ったものに違いないが、その内容は良いものであっても実感を伴わないものになる。対して体験句は、自分の思い出や感情をのせた句もいくつかあるが、主に毎朝散歩して見た光景や感じたことを詠んだものである。朝食をとり、新聞とネットをチェックし、いつもの道を歩き、新しいもの、感じるものを見つけ、帰ってきて句を詠む。歩くことで脳を活性化させると共に、雑念を払い、自分を透明にして、外の世界のものを受け取る――そうして世の中を見た句群なのである。巫女の業のようなもので、神の器となって受け取ったものだから、頭で考えて作った想像句とはごちゃ混ぜにできないのである。
 ◎江戸時代に語られていたことを、知らない間に令和で体験し自分の気づきとして得て、さらに江戸時代にすでに語られていたと知った。俳句という芸術の営みの繋がりを感じるが、ただ江戸から令和へ続いてきたわけではない。いつの時代も季節がめぐりながら、世の中の景色や物事が変わりながら、その時その時の句を詠んできたのである。江戸時代にあって現代にないものもあり、現代にあって江戸時代にないものもたくさんある。過去や未来を想像することはできるが、自分が生きられるのは常に今しかない。常に変化し続ける森羅万象の中で作者が「見とめ聞きとむる」――つまり、「ある瞬間を見て止め、聞いて止める」ことをしなければ消えてしまうと芭蕉は語ったそうだが、「物の見えたる光」は生きている今しかとらえることができず、だからこそ「句作は鮮度が大切」だと言える。

句集を通してのテーマが「生」です。そして題が『力』なので、生命力を感じられるもの、生きようとする力をイメージして、木の芽の写真を選びました。

小泉 春菜【同窓会賞】

文芸コース

このコースのその他作品