文芸コース 水上 早紀 【同窓会賞】
「青色のあぱぴやぽん」とは私のことだ。
石垣島と聞いて何を思い浮かべるだろうか。青い海か、白い砂浜とヤシの木か、平屋で赤瓦の南の島らしい家並みだろうか。言わずと知れた沖縄のリゾート地。しかし、どんなリゾート地でもそこには生活がある。旅行者だけではなく、住人がいる。私にとって石垣島は生活の場所だった。
横浜生まれ横浜育ちの私が、初めての一人暮らしである石垣島での生活を綴った。ポストにバナナを入れるおじい、道端のヤギ、湿布の味がするご当地飲料、耐えきれなくなった神奈川の冬。四年九ヶ月の島での日常が、今でも私の胸を占めている。
人に、自然に、島に愛された生活だった。ガイドブックやツアーだけでは知ることのできない、写真や動画にも映らない、島の空気を残したい。そんな想いで執筆した。
青色のあぱぴやぽんとは私のことである。「あぱぴやぽん」は島の方言で、とある生き物を指す。最初に覚えた方言。かわいい生き物ではない。
気になった人はぜひ、島に遊びに行って確かめて欲しい。もしかしたらどこかで、出会えるかもしれない。
神奈川県
青色のあぱぴやぽん
【作品のねらい】
二〇一七年一〇月から二〇二二年六月までの四年九ヶ月の間、転勤で沖縄県石垣島に住んでいた。横浜生まれ横浜育ちの私が初めて一人暮らしをしたのが石垣島だった。その後、神奈川に転勤になり再び本州での生活を始めたが、道端にヤギはいないし、ハイビスカスも咲いていない。いつも飲んでいたさんぴん茶もコンビニに売っていない。日々過ごしていた特別でない日常が、今では特別なものになったのだと気が付いた。
青い海、白い砂浜、豊富な生き物。石垣島は自然豊かな観光地としてよく知られている。しかし、島の人たちは、観光地に住んでいるわけではない。島の人にとって、そして私にとって、石垣島は生活の場所だった。
島での日々は生き物も自然も、生活も価値観もすべてが新鮮で楽しかった。そして、それらを楽しむことが出来たのは、島の多くの人に助けられ、多くの人と繋がりながら、日々を過ごすことが出来たからだ。石垣島は、自分にとってかけがえのない一部になった。
写真でも、動画でも残せない、島の空気をこの文章に残したい。目に映るものから肌身に馴染んでいた空気感まで、島で感じたリアルな質感をエッセイに落とし込む。
新しい環境に身を置く人、特に島に移住する人がこれを読むのであれば、その傍らに寄り添える文章になればいい。(五三五字)
【作品の抜粋】
「大家のおじい」
島の家はポストにバナナがついてくる。
〔中略〕
おじいはクッキーやちんすこうなどのお菓子をポストに入れて住人に配る。勤め先の小学校でよくお菓子を貰うらしい。おじいへのお土産として買ったお菓子が、自分のポストに配られていることもあった。お菓子はいいのだ。そうそう腐る物でもないし、おやつとしてありがたく頂いていた。
しかしこれが生鮮食品になると話が変わってくる。
「チョロQでドライブ」
私の相棒を紹介しよう。名前をチョロQという。白色で四人乗りの小さな軽自動車、車種はダイハツのミライースだ。会社から借りていた車で、通勤から買い物まで生活を共にしていた。これが名前の由来通り本当におもちゃのような車なのだ。
〔中略〕
島の中ならチョロQがいればどこにでも行けた。サトウキビ畑を抜け、丘を越えた先に一八〇度水平線が広がる景色は圧巻だ。夕日に追いかけられながら、海岸線を走ることもある。海沿いは街灯がないので、日が暮れたあとは反射板だけが頼りだ。暗闇の中を、私の手のひらよりも大きいカニが横切るたびにブレーキを踏んだ。牧場の間を抜ける未舗装の道路を走り、牛のにおいを間近に感じながら、こちらを興味なさげに眺めるヤギを見つめ返す。ちょこちょこちょこと草陰から突然飛び出してくるシロハラクイナには気を付けなければならない。奴らはしかも、渡り切らずに道の真ん中でUターンをする。雨が降ると道路にまで出てくるカエルやヘビのせいで蛇行運転になった。地図も見ないまま走っていると、いつの間にか電波も繋がらない山道に迷い込む。タイヤよりも高い草が生い茂る山道で猪に出会ったときにはさすがにひやりとした。猪に体当たりをされたらひとたまりもない。
「ひーじゃー」
ヤギがいない。神奈川に来て真っ先に感じたことの一つだ。道端の空き地にヤギがいない。それが普通であることはわかっている。横浜や川崎、海老名といった街の、しかも駅から近い範囲で生活していて、ヤギに出会うことがそうあるわけがない。ヤギに会いたいなら動物園に行くべきである。わかっている。わかっているけどヤギがいない。動物園のヤギが見たいわけではない。日常の風景にヤギがいないことが違和感なのだ。
〔中略〕
石垣島のヤギ汁は味噌で味付けがされている。茶色いスープに、牛とも豚とも鶏とも違う、茶色く筋肉質な見た目をしたヤギ肉がゴロゴロと入っている。肉だけでは無く、骨や内臓も一緒に煮込まれている。昔は血も入れていたというので、さらにすごい色をしていたのだろう。その茶色いスープと肉の上に、におい消しのふーちばー(生のヨモギ)を大量に乗せればヤギ汁の完成だ。
「台風を呼ぶ女」
台風を呼ぶ女とは私のことである。
〔中略〕
島で初めての台風は恐ろしかった。ドンッ・・・・・・ドンッ・・・・・・と玄関の扉に、何か大きな生き物がぶつかってきたかのような音がする。物が飛んできたわけではない。風がぶつかる音だ。今にも扉が引き剥がされてしまいそうで、玄関から目が離せない。バチバチと雨が窓ガラスに打ち付けられ、蛍光灯がチラチラ途切れる。
浴槽に水を貯め、スマホの充電は常に満タンにし、懐中電灯はすぐに取り出せるようセットして、私は震える夜を過ごした。
〈チャララララ。脳内でBGMと共に「ヤギが現れた!」とテロップが入る。ターン制のRPGゲーム風。選択肢は「たたかう」か「にげる」か。〉本文より。
道の真ん中で撮りました。首のロープは繋がっていません。島あるあるです。
水上 早紀 【同窓会賞】
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