文芸コース 岩淵 喜代子
俳人原石鼎が拠った俳誌「ホトトギス」は、明治三十年に正岡子規によって創刊され、後に高浜虚子に受け継がれた。その「ホトトギス」の第二期(明治四十五年七月 虚子選雑詠欄復活)に投稿を始めた俳人は多かった。中でも際立った作品を発表した新人が原石鼎である。
石鼎が初投稿した翌月の「ホトトギス」には、一頁を使って次のような讃辞が高浜虚子によって書き込まれた。
――大正二年の「ホトトギス」に二人の新人を得たり。
一人は曰く普羅、一人は曰く石鼎。――
表題『鹿火屋曼荼羅』の「鹿火屋」とは、医大の受験勉強を専らとすべき立場にありながら、俳句に執り憑かれてしまった出雲の青年原石鼎が、大正十年に創刊した俳句の雑誌名である。
その「鹿火屋」を構成した人々と、そして龍土町の発行所を訪れた人々をクローズアップしてみることにした。創刊した雑誌に集まった人々を一人一話のオムニバス形式でエッセイ風に書いていきたいと思っている。そうして、書くことで見えてくる原石鼎という人物、そして俳人たちの大正から昭和へという時代を写し取れないものかと思っている。
埼玉県
鹿火屋曼荼羅
-龍土町編-
岩淵 喜代子
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