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歴史遺産コース 小野 靖子

大垣は松尾芭蕉の『奥の細道』結びの地として知られる。「大垣市奥の細道記念館」で、
「惟然が見た芭蕉」と題した講習を受けて、私は岐阜県関市出身の「広瀬惟然」を知り、
その波乱に満ちた貧楽の人生に興味を持ち、卒業研究のテーマとした。
 惟然は、38才のころ養家を出奔し、その後芭蕉に出合って即、弟子となった。惟然に関する文献は極めて少なく、住居であった関市の弁慶庵(惟然記念館)や、大津・膳所の義仲寺、石山の幻住庵などを尋ね、資料を集め史跡に触れた。
 47才、芭蕉亡き後の惟然は、口語調の俳句を世に広めるという師の志を果たすため、乞食のような姿で長途の行脚をくり返した。そして芭蕉を弔う「風羅念仏踊り」を創作し、関、大津、京都、播州に伝えた。
 踊りはコロナ禍で中断されていたが、平成23年11月に義仲寺で復活した。一人の先人を神のように尊崇しその名を知らしめるために生涯を費やした俳人が、身近にいたことを知り、自分自身の来し方を顧みて、こののちの人生に勇気をもらえたことが大きな収穫であった。


蕉門における広瀬惟然の 「かるみ」受容と風羅念仏の考察

岐阜県

小野 靖子

歴史遺産コース

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