この論文は、「近世木彫仏修理=粗雑」という通説を、十八世紀京都で活動した仏師による修理事例を中心に再検討しました。出来高制から請負制への転換や幕府の財政難・造像規制などの社会的要因と併せて、七条仏師と京都仏師の事績比較や東寺講堂と金剛寺の修理報告書にある注文書、修理記録の分析を行いました。
当初「文化財修理」に関する研究を行いたいという気持ちだけで突っ走り、担当教員の先生方に様々なアドバイスをいただかなければ書けなかった論文でした。もっと多くの事例を分析できたら…と思っており中途半端感も否めないですが、これが今の自分ができる精一杯だったと思います。