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アートライティングコース H.K.【同窓会賞】

大正期の日本画家 島成園~痣と視線に見る内面表現

【本文】
 島成園(1892~1970)は大正時代の大阪で活躍した日本画家であり、美人画を得意とした。全盛期は9年間と短いものであったが、その間にそれまでの日本画・美人画の範疇にとどまらない魅力を有した作品を発表した。本稿では、成園の代表作について、内面表現に着目してその特性や魅力を明らかにしていきたい。
 成園(本名成榮)は明治25年に大阪府堺市に生まれた。父は襖絵などを書く絵師で文好と号する趣味人であり、兄市次郎も画家であった。明治38年頃に一家で大阪市南区鍛治屋町に転居し、宗右衛門町など南地の花街のある島之内で育った。幼い頃から絵画を好み、父と兄から画法を学んだ成園は、大正元年に第6回文展に入選した《宗右衛門町の夕》で中央画壇にデビューした。その後も文展に継続して入選し、大正7年の《無題》、大正9年の《伽羅の薫》と斬新な作品を発表し話題となったが、大正9年の末に意に沿わない結婚を承知して以降は制作ペースが落ち、それまでのような意欲的な姿勢は失われていった。その後、銀行員である夫の転勤により小樽や中国・大連等に転居したのち昭和21年に夫の退職とともに帰阪し、その後は大阪で個展や弟子であり養女であった岡本成薫との二人展を開催し、昭和45年に78歳で没した。
 大正元年にデビューした成園の最初の転機が、大正6年の第4回再興院展に出品された《黒髪の誇り》である。この作品は、身丈ほどもある黒髪を、洗髪中に櫛で梳く女性を描いた作品であるが、着物には般若などの能面が迫力をもって描かれ、上半身をはだけて乳首を露わにした肉感的な表現や情念のこもった眼差しは、美人画としては異彩を放つものであった。
 その翌年に発表されたのが成園の代表作の一つである《無題》である。この作品は、大正7年に北野恒富(1880~1947)や成園を含む10名を会員として発会した「大阪茶話会」の第1回試作展に出展されたものである。「大阪茶話会」設立の趣意には「絵画は他人の要求から生れたものでは無く、芸術家自身の要求から生れたもので、他人を顧慮せぬものである。即ち作家が主で観客が従である。従つて絵画は作家の全精神が結晶されて出来たものでなければならぬ」とあるが(註1)、「作家の全精神の結晶」として成園が選んだのがこの《無題》であった。
 《無題》について詳しく見ていこう。この作品は、画室の壁にかけられた未完成の草花図の前に、黒の着物を着て座っている女性を描いたものである。女性の顔には右頬に大きな痣があり、その視線はまっすぐ鑑賞者に向けられている。この作品は成園の自画像とされているが、実際の成園にはこのような痣がなく、あえて描きこまれたものである。成園は、20歳で文展に初入選したのち、新聞雑誌等で現代における女優やタレントのように取り上げられ、根拠のない恋愛ゴシップを書き立てられることもあったが、後年本作について「痣のある女の運命を呪ひ世を呪ふ心持を描いたもの」と語っており(註2)、本作はデビュー後の状況の中で傷ついた内面を痣という形で表現したものであると考えられる。
 日本画家が自画像を手掛けること自体が多くないが、このように写実的に自らを描きながらそこに瑕疵を加えるという点はさらに特殊である。同時期に日本の洋画家が発表した自画像、例えば数多くの自画像を残した萬鉄五郎(1885~1927)の作例を見ても、様々な手法により内面を表現しようと模索した例はあるが、《無題》のように瑕疵を加えた例は見当たらない。時代を下ってメキシコの画家フリーダ・カーロ(Frida Kahlo,1907~1954)は、1944年に発表した自画像において、裂けた体の中にひび割れた脊柱を描くことで、事故の後遺症が残る自らの体を表現したが、成園の《無題》における痣はこのような表現を先取りしたものであると言える。
 また、画面の中の成園は正対し鑑賞者にまっすぐ視線を向けており、これは自画像としては一般的であるが、前述のように中傷にさらされる状況にあったこと、また成園が女性であることを考慮するとそこにはまた違った意味を読み取ることができる。近代までの美術史において、女性は、見る側・描く側、つまり主体ではなく、見られる側・描かれる側、つまり客体となることが圧倒的に多かった。成園が活躍した大正時代、特に大阪は成園の活躍もあり女性画家が多く生まれていたが、描く側=主体でありながらも、前述のとおり好奇の目にさらされ見られる側=客体となることもあった。成園は、そのような状況の中で、画面の中で視線をまっすぐ鑑賞者に向けることで、自分は画面の中で見られる側=客体であるが、同時に現実社会では見る・描く側=主体であると宣言し、自分を傷つけた環境に対し毅然と立ち向かう姿勢を示したのである。
 同様の趣旨は、背景に未完の草花図が描かれていることからも読み取れる。西洋絵画においては、自画像に絵筆やパレットを持たせる例があるが、《無題》では、通常は作者以外の目に触れることのない未完成の図画の前に人物を描くことで、その人物がその絵の作者つまり自分であると示すとともに、成園自身が画家つまり描く側であるということを明確にする意味が込められている。
 次に、《無題》の2年後の大正9年の第2回帝展に出品された《伽羅の薫》を見てみよう。この作品は年老いた花魁を描いたものであるが、その体や顔は異様なまでに細長く引き伸ばれており、頭部にはこれも異様な大きさの簪が多く飾られ、流し目で左を向く表情は恍惚としている。花魁の体の中心は白い孔雀が描かれた帯に覆われており、赤い打掛は流れる血のように画面下まで伸び、その裏地は漆黒の闇あるいは別の生き物であるかのように描かれている。
 本作については、成園の母をモデルとし、「年長けてゆく女の厚化粧と派手な大きな髪形、引きづられる様なぼたぼたした裾の重み」(註3)に象徴される老いた女の「痛ましい濃艶さ」(註4)を描こうとしたとされているが、《無題》との関連において注目すべきなのは帯に描かれた孔雀である。孔雀は日本美術史においてありふれたモチーフであるが、一般的にその頭部は横から見た状態で描かれるのに対し、ここでは正面から描かれている。本作品は高さが212.3cmの大きな作品であり、その中央よりやや上部に描かれた孔雀の顔は、本作品を見るときに丁度鑑賞者の顔に近い場所に置かれることになる。つまり、鑑賞者はこの作品を見る間、丁度正面から孔雀に見つめられることになる。《無題》との連続性で考えれば、この孔雀の視線は成園の視線であって、鑑賞者と対峙する姿勢を表現したものであり、さらに、鑑賞者にとっては、人ならぬものに見つめられることにより、毒々しい色使いやアンバランスな人体表現とともに、心に不安を巻き起こす要因の一つとなっている。
 《伽羅の薫》を発表した大正9年の末に、成園は電撃的に見合い結婚することとなった。成園自身がこの結婚を心外としていたことを伝える新聞記事があるように(註5)、この結婚は画業で身を立てようとしていた成園の意に沿わないものであったと考えられ、その後は制作意欲が減退し、制作のペースも落ちていった。大正13年に描かれた《自画像》は、成園の上半身を正面やや右側から描いたものであるが、髪は乱れ、目の周りには隈が強調され、結婚後の生活に疲れた姿が隠すことなく描かれている。また、その背景には隈取りをした役者絵を描き、疲弊した自身の姿と対比させている。この《自画像》にも、《伽羅の薫》と同様に二つの顔、つまり二つの視線があるが、いずれも鑑賞者の視線を避けるように描かれており、《伽羅の薫》のような工夫は見られない。これ以降も成園は制作を続けるが、あっさりとした筆触を好むようになり(註6)、《無題》や《伽羅の薫》で見せたような斬新で濃厚な表現が戻ることはなかった。
 これまで見てきたように、自画像に書き加えられた痣や視線の使い方など、成園はそれまでにはない手法で内面の表現を試みており、それが作品に魅力を与える要因となっている。一方で、甲斐庄楠音や岡本神草といった同時代の画家と比較すると十分な調査研究がなされているとはいいがたい状況である。2021年には東京・大阪で開催される「あやしい絵展」で《無題》の展示が予定されており、また2021年3月末には現在修復中の《伽羅の薫》の修復が完了する予定である。これらの作品の展示を契機として、成園作品のさらなる調査研究が進むことを期待したい。



【註】
(1)橋爪節也「北野恒富ルネッサンス―〝浪花情緒〟の〝美人画家〟という伝説」、図録『没後70年 北野恒富展』、2017年
(2)小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年
(3)小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年
(4)小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年
(5)小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年
(6)小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年


【参考文献】
小川知子、産経新聞大阪本社編『島成園と浪華の女性画家』、東方出版、2006年
橋爪節也「北野恒富ルネッサンス―〝浪花情緒〟の〝美人画家〟という伝説」、図録『没後70年 北野恒富展』、2017年
富田章『偽装された自画像』、祥伝社、2014年
桑原住雄『日本の自画像』、沖積舎、1993年
池内紀『二列目の人生 隠れた異才たち』、晶文社、2004年
図録『香り―かぐわしき名宝』、2011年
文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/index.php(2020年4月29日閲覧)
アートアジェンダhttps://www.artagenda.jp/exhibition/detail/5021(2021年1月27日閲覧)

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