アートライティングコース 橋羽 一恵
私は赤穂緞通の織り手です。この緞通の創始者、児島なかは江戸時代末期に高松で「万暦氈」という中国の絨毯を見つけ、それをモチーフに二十数年の年月をかけて「赤穂緞通」という日本の絨毯をつくり出しました。その主な特徴は綿糸を使い藍や草木で染め、強度を増すために手製の糊を揉みこみ、そして握り鋏で柄に切れ込みを入れることです。
彼女についての資料は赤穂市史などに少々の記載があるだけですが、2023年の児島なか生誕200年記念「赤穂緞通展」の図録は、現在残る古緞通の分析と関連する資料の考察によって構成されています。私もそのような形で、赤穂緞通の始まりを記録として書きました。その基礎になるものは、自らの眼と手で再生した明治から昭和初めの1000本以上になる古い緞通です。
赤穂緞通はすでに地場産業としては終わっていますが、今も新しい織り手が育ち続けています。なぜ私たちは赤穂緞通を織り続けるのか、それは古緞通の独特の美しさが人を魅了するからです。児島なかという一人の女性が、この特殊な絨毯をつくり、その時代を超えた同じ思いは現在につながり、未来へも向かっているのです。
兵庫県
海と龍の緞通
橋羽 一恵
アートライティングコース
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