Reflection: Lake Shirakawa
(大学院)洋画分野 髙野 あき
162.0 ×112.0 cm
アクリル キャンバス
本作品は、水辺と陽光のある風景を描く「Reflection(リフレクション)シリーズ」の一作品として、山形県飯豊町の白川湖を題材としたものである。Reflectionには光の反射や水面への反映、さらに制作と研究によって得た学びの投影という意味を持たせている。
本作品のコンセプトは、誰もが直感的に理解し、自然美の感動を感じられる画面である。作者は現在山形県の自然豊かな地域に住んでおり、自然美から受けたセンセーションを絵画作品の核としている。作者という媒体を通じてアウトプットされた風景は、見えたままのものではなく、快さと感動を作者の唯一性において表現したものである。絵画のありようとしては、幼少期に印象派の絵画作品に没頭し癒された経験から、アカデミックな学びなしに理解でき、快いと感じてもらえる印象派的な風景画の制作を目指している。
作者は英語・スペイン語での通訳翻訳、全国通訳案内士など言語を扱う職業に携わってきたが、言語は他者と文化やアイディアを分かち合うツールである。外国の国々と日本の風土の差異はもとより、日本の中でも、ひとつひとつの地方の独自性を興味深く感じ、その素晴らしさを他者と分かち合いたいという思いが根底にある。作者にとって自身の風景画作品は、アプローチは違っても、言語と同様に、 地域の自然美から受けた感動を、他者と分かち合うための手段である。
題材とした白川湖の風景は、3月中旬から5月中旬までの時期のみ、ダム湖が雪解け水で満たされ、自生しているシロヤナギの樹林が水没することにより見られる景色である。水面からいきなり樹々が生えている不思議な景色が、訪れる者を魅了する。驚くのは、シロヤナギのたくましい生命力である。水深5メートルともいわれるダム湖で、毎年2ケ月もの間、冷たい雪解けの水のなかにその幹を浸しながら、立派な枝を朗々と空へ伸ばし、水没の時期を生き抜いている。水没林の類い稀な景色は、シロヤナギなしには生まれないものなのである。さらに、この湖の豊かな水は、田植えが始まると放流されて地域一帯の田畑を潤し、人々の豊かな生活を支えている。まさに命の象徴である。
テーマである水辺と陽光というモチーフについては、それぞれの効果を考慮し、本作品の制作に用いている。
まず水辺を描くことについてだが、作者は水面のない風景よりも魅力を感じることから、造形やおもしろみに関わる要素と捉え、水面の反射・反映をいくつかのタイプに分けた。本作品では、それらのなかから、反映によるシンメトリーのおもしろさ、像が上下反転する違和感、反映して水に映った像の要素(それだけ見ると元の像とはわからないもの)の色彩的な響き合い、反射を描くことによる多くの光の画面への取り込みを扱っている。樹木の幹や枝の反映、光の反射は、それぞれの水面の状態によって描き分け、縦横斜めの複数の方向性でリズム感と色彩のインパクトを持たせ、水の揺らぎを一部大胆なタッチで表すことで、絵全体に躍動感を与えた。
陽光については、ソローリャ作品における陽光の演出を考察した。ソローリャの光輝主義は、溢れる光と躍動感に満ちた独自の表現を追求し確立したものであったが、代表作のひとつである《ラ・グランハのマリア》(1907)を間近で観た際、父親としての深い愛情を、娘マリアを美しい陽光で包むことで示したものと感じた。紛れもなくあたたかな抱擁であった。そうした視点で他の作品を観ると、ソローリャにとって陽光を演出することは、親愛、愛着、賛美といった深い愛情を絵画に託すための最高のメソッドであった。この学びによって、作者は陽光を、視覚的な要素以上に、精神的な要素として重要な位置付けをし、扱うようになった。本作品においては、樹々の生命力のたくましさ、地域の命の源である豊かな湖への心からの賛美の表現として用いている。
130.3×162.0cm
アクリル キャンバス
162.0 ×112.0 cm
アクリル キャンバス
陽光と水辺のある風景をテーマにしたReflectionシリーズを描いている。
自然の中に身をおくと、きらきらと光を放つ水面や、生命力豊かな草木のありように、ただただ美しいと感じるもっとも純粋で幸福な瞬間に出会うことがある。心に湧きあがるセンセーションは、私に、なんとかこれを捉えて形や色でキャンバスに表現するのだという思いを起こさせる。自然美に与えてもらった感激を核として、私という無二の媒体を通して、快さと感動が立ち上がるような絵を創るのだ。
観る人の内なる心の泉にさざ波が立ち、陽光に包まれたような気持ちになってもらえたなら、どんなに拙い絵だとしても、私の目的は達せられたということになるだろう。
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