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芸術学コース 津久井 真里子

まだイラストやデザイン画が文化、芸術と認識されていなかった時代に挿絵画家として活躍した蕗谷虹児の業績を彼が長年こだわり続けていた“花嫁人形”をキーワードとして探って いくと、当時の人々の思いが見えてくる。
愛唱歌、詩画集、自伝のタイトルとして登場した“花嫁人形”には虹児のどのような思いが込められていたのか。
大正ロマン、昭和モダンといわれた時代の多くの女性たちには素直な心情を吐露する場面が少なかった。虹児の詩は、そんな少女たちの感傷的な気持ちを代弁した。そして、それを美しい技巧的な絵画で表現し抒情画と名付けた。彼の人生は地元新潟、樺太、パリを巡る修行時代から熟成期、晩年へかけてと、日本の時代の変遷とともに移り変わる。幼年期の家族の、特に若くして亡くなった美しい母の思い出は何よりも大切なアイデンティティとして虹児の人生に寄り添い続ける。そして、その気持ちは虹児自身の思いだけはなく当時の読者の気持ちと重なっていた。美しい絵画に込められた感傷的な心情は共感を呼んだ。そして虹児の業績はやがて少女漫画や動画アニメーションへつながる。
 一人でも多くの人に蕗谷虹児の繊細で優しい世界に触れてほしいと思います。


新潟県

蕗谷虹児の花嫁人形“抒情画の時代

津久井 真里子

芸術学コース

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