芸術学コース 吉川 英二【学長賞】
芸術学コースと併せて博物館学芸員課程で修学する中で、都道府県や市町村が設置した美術館の多くが老朽化や財政難など深刻な問題を抱え、リニューアルも進んでいないことがわかりました。こうした公立美術館が生き残るためには何が必要かを明らかにしたいと思い、近年のリニューアル事例の中にヒントがあると考え、研究テーマとしました。
リニューアルを取り上げた先行研究は殆どないため、まず美術館に関するデータをグラフ化して現状分析を行うとともに設置自治体や美術館を取り巻く環境の変化を時系列的に整理し、次に設置自治体や美術館の公表資料やHPを調べ、さらに東北から九州まで8つの美術館を訪問調査しました。
最終的に、地方の公立美術館が市民や地域に必要される今日的美術館に向けた再生の方向性を示すことができたのではないかと考えます。さらに美術館の統廃合に備えたセーフティネットの仕組みも併せて例示することができました。調査結果は資料編に整理しているので設置自治体や美術館関係者の方々がリニューアルを考える際の参考としていただけると幸いです。最後に論文完成まで適時適切にご指導くださいました先生方に心より感謝申し上げます。
福井県
公立美術館のリニューアルに向けての考察
【要約】
1 研究の概要
都道府県や市区町村が設置する公立美術館は1970年代から90年代までの建設ブームで増加したが、国内人口が2008年をピークに減少する中、施設の老朽化、設置自治体の財政難等の問題を抱えており、多くの館でソフト・ハードの両面でリニューアルが必要な時期を迎えている。
このため、公立美術館を取り巻く現状や課題、美術館に求められる役割の変化を整理した上で、近年のリニューアル9事例を資料や実地調査で検証し、リニューアルの望ましい進め方とともにリニューアルが困難な場合の対応の方向性を提示することとした。
2 リニューアル9事例と調査の視点
<タイプ> <美術館名> <再開館時期> <特記事項>
(1)新築型 ①富山県美術館 2017(H29)年3月 移転新築
②長野県立美術館 2021(R3)年4月
③八戸市美術館 2021(R3)年11月
④鳥取県立美術館 2025(R7)年春予定 博物館の美術部門移転、PFI方式
⑤福岡県立美術館 2029(R11)年度予定 移転新築
(2)改修型 ⑥福岡市美術館 2019(H31)年3月 PFI方式
⑦京都市京セラ館 2020(R2)年3月 ネーミングライツ資金、増築あり
(3)方針変更 ⑧滋賀県立美術館 2021(R3)年6月 増改築 ⇒ 改修
⑨宮城県美術館 2025(R7)年度予定 増改築 ⇒ 統合・移転新築 ⇒ 改修
<調査の視点>
(1)手続き ①既存館の課題とリニューアル理由、②施設概要(施設規模、立地環境)
③リニューアル方針の策定(基本構想・基本計画等)
④施設整備・運営形態(従来型・PFI、直営・委託、整備費)
(2)ハード ①施設の基本機能、②美術館機能、③アメニティ機能(フリースペース、カフェ等)
④周辺環境との調和・回遊性、⑤収蔵スペースの拡充
(3)ソフト ①使命(目指すべき姿)の見直し、②収集方針の見直し
③美術館の機能と役割の拡充、④市民・企業・関係団体との連携
⑤県内美術館等との連携、⑥芸術家支援
3 研究の結果(まとめ)
事例ではすべての館がリニューアル方針においてソフト・ハード両面で今日的な美術館を目指して機能の拡充と開かれた空間づくりを掲げていたが、再開館後の状況をみるとまだ十分実現されておらず、地域の美術館として独自の役割も十分でない。
最終的に目指す方向としては、今日的な美術館の機能と地域特性を兼ね備えた唯一無二の美術館となるよう、市民や地域が総ぐるみで美術館事業を企画し運営することであり、美術館が市民活動や地域活動と一体化し、浸透していくことで、様々な立場の人々が訪れ、集い、楽しみ、学び、交流する開かれた「サードプレイス」になることが望ましい。
このためには、次の5つの方向性に向けたソフト・ハードの整備が必要である。
(1)美術館の使命を明確にし、HPだけでなく、チラシへの掲載、展示・教育普及の現場での発信、
マスメディアやSNSの活用など様々な媒体や機会の増大により繰り返し発信し、市民と理念や役
割を共有することで市民や地域とともに美術館をつくっていく基盤を整備する。
(2)収集・保存、展示・教育、調査研究の基本活動の強化に加えて、八戸市のように地元の祭りの文
化をアートの観点で捉える展覧会やプロジェクトなど市民や地域、企業等の主体的な参画による
様々な企画を展開し「市民・地域とともにつくる美術館」を目指す。
(3)現代美術の収集や展示だけでなく、教育普及プログラムと連動させることで問いやメッセージ、
新たなものの見方を強力に発信し、多様性への学びや社会的な課題解決の糸口を探る場としての役
割を担う。
(4)若手芸術家の公開制作による交流や展覧会の開催に留まらず、地元の画廊、地域のアートプロジ
ェクト等との連携やコレクター養成につながる教育普及事業の展開により、美術館が中心となり地
域全体でコレクターやパトロンの役割を担い芸術家を育成・支援していく仕組みを構築する。
(5)地域内の他の美術館との共同企画・事業の推進とともに、施設の老朽化や狭隘化など共通する諸
課題の解決に向けて連携を強化する。
他方で、単独でのリニューアルが難しい中小規模の美術館については、統廃合や機能縮小などの選択も可能となるよう、全国の公立美術館が連携して支援機構を設置し、共同収蔵庫の設置や閉鎖館の収蔵品を継承するセーフティネットの構築など諸課題への支援体制を整備する必要があり、都道府県単位の博物館協会や全国的な連携組織等において課題の共有と対応策の検討に着手し、併せて国や都道府県への要望活動も必要である。
吉川 英二【学長賞】
芸術学コース
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