東西狂言 華の競演
企画の予告の前に、まずは茂山千作先生のご逝去にあたり、心よりご冥福をお祈りいたします。舞台を拝見したり、楽屋や会合でお目にかかることはありましたが、京都芸術劇場にご出演していただく企画を立てるには、やはり遅すぎたようです。しかし、ご子息の世代の千五郎、七五三師、お孫さんの世代の宗彦・逸平君たちは、機会のあるごとにご出演をお願いしていますから、千作先生の「教え」は、活きて舞台に見えているはずです。
記憶違いでなければ、千作先生が一番愛着をお持ちの曲は「三番叟」だと伺いました。数年前に、「春秋座狂言立会い」として、東は野村家の和泉流「三番叟」を萬斎君に、西は茂山家の「三番三」を逸平君に踏んでもらい、極めてスリリングで圧倒的な舞台の対決となりました。
今回7月12日の『東西狂言 華の競演』では、そのような「立ち合い」をする代わりに、両家が入り混じって競演をするという形を取りました。演目は『髭櫓』で、主人公の「大髭」を萬斎君に、それを抜こうとする「女房」を逸平君にお願いし、「女房」の率いる女性軍団を茂山家で、地謡を野村家で、という配役です。春秋座の歌舞伎舞台一杯に、この狂言ならではの、物々しい家庭紛争劇が展開する光景が見ものです。
上演の冒頭には、茂山千五郎師による『止動方角(しどうほうがく)』が、狂言の持つ、一種の不条理劇のような面を十分に見せてくれるでしょうし、続いては、人間国宝の野村万作師の得意とされる『奈須与市語(なすのよいちのかたり)』によって、狂言のもつ「語りの芸」の真髄に接していただきます。
『髭櫓』でも分かることですが、狂言でも、音楽劇的な要素は重要であり、優れた演奏家を得ないと、狂言も引き立ちません。今回も、春秋座能狂言で、すっかりお馴染みになり、5月24日の「世阿弥生誕650周年記念」として催した観世宗家清和師の『翁』でも見事な演奏を聞かせてくださった、藤田六郎兵衛、大倉源次郎、亀井広忠、前川光範の方々が、「素囃子」によって、能の器楽的要素の魅力を十分に聞かせてくださることでしょう。
時間の許す範囲で、終演後、萬斎君と逸平君とのトークを、渡邊が司会をして行う予定です。
他所ではなかなか見られない企画を立てるように心がけていますし、五月の観世宗家による「歌舞伎舞台の『翁』」は、その実験的な局面が、作品の強さ、魅力となって立ち現れたことには、多くの方々が感動されたはずです。今後とも、「伝統を越境する」ような、しかも単なる思い付きやコケ脅かしではない企画を続けて生きたいと努力いたしますので、皆様におかれましても宜しくご支援・ご鞭撻のほどを、改めてお願い申し上げます。
渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)