- 2026年7月14日
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2026年度 優秀学生賞受賞者インタビュー vol.2
こんにちは!アートプロデュースコースです。
6月12日(金)、2026年度 優秀学生賞表彰式が行われました。
優秀学生賞とは…
研究・制作活動、課外活動等、学生生活において秀でた4年次生を表彰し奨励する制度です。
3年次までの成績や研究・活動実績をもとに厳正に審査を行い、2026年度は65名の受賞学生を選抜しました。
皆さま、おめでとうございます!
アートプロデュースからは以下2名が優秀学生に選ばれました✨
坂本 茉里恵さん(4年生)
米林 空さん(4年生)
今回は受賞者インタビューvol.2として、米林 空さんにインタビューをしていきます!
受賞おめでとうございます!今のお気持ちを聞かせてください。
米林:大学生活で取り組んできたことが、このような形で評価していただけて、とてもありがたいと感じています。
受賞に輝いた米林さんの大学での活動等が気になる方も多いと思います。
現在、卒業研究・制作に取り組まれていますが、どんなことを研究されていますか?
米林:日本の伝統的な刺青である「ほりもの」と歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一個》の関係について研究しています。本作は「ほりもの」の起源として位置付けられているのですが、なぜ単に鑑賞されるだけに留まらず、皮膚の上に痛みを伴いながら彫るという実践へと発展したのかを考えたいと思っています。
歌川国芳、ユニークな画風が特徴的な浮世絵師ですね。
どうしてその研究をしようと思ったんでしょうか?
米林:日本に生まれたのだから、日本独自の文化に関する研究をしたいというのはありました。その上で、「ほりもの」は私にとって魅力的な文化でありながら、社会はいまでも排除の姿勢をとっている。この状況に対する疑問が出発点としてあったと思います。
米林さんがアートプロデュース学科を選んだきっかけを教えてください。
米林:入学以前は、作品を制作することへの関心がありながら、それがなぜ「美術と言われるのか」という疑問のほうがより強くあったように思います。作品以外の場所で「美術」を成立させている要素として、アートプロデュース学科は「キュレーション・コミュニティ・コミュニケーション」の三つを柱として設定しています。当時の私は、こうした視点を学ぶことで、自分の疑問への応答が考えられるのではないかと思い、この学科を選びました。いま行っている研究も、当時の疑問に応える一つになればいいなと考えています。
疑問点や関心のある事柄にとことん向き合う、米林さんらしい理由ですね。
アートプロデュース学科で印象に残っている出来事はありますか?
米林:コミュニケーション分野の授業で、アートフェアを訪れる機会が何度かありました。一日中そうした場所にいると、作品として設置されていないものを作品と勘違いして写真を撮る人を、しばしば見かけます。これは、アートフェアという場のもつ力や、日常とアートの境界に収まらない作品を提示しようとする作家の意図、そして「日常的なものがアートになりうる」というお決まりの見方がすっかり浸透していることを、同時に示す事例だと思います。
初めて見たときは、場の雰囲気に乗せられ、作家の仕掛けに引っかかる鑑賞者が、ただ面白く感じられました。けれど同じ場面に何度も出くわすうちに、それが「枠組みを壊す作家/それに引っかかる鑑賞者/その鑑賞者を小馬鹿にする私」という、なんともつまらない構造の反復に見えてきます。
ここで問題なのは、私が自分を「場に乗せられず、仕掛けにも引っかからない」側に置き、特別な観察者のように振る舞っている点です。そう振る舞うとき、私は自分だけを勘定の外に出し、特別扱いし、業界人ぶっている。それに気づくと、いっそうつまらなく、居心地が悪くなります。
やっかいなのは、この居心地の悪さの引き受け方です。「鑑賞者を小馬鹿にする私」を、さらに一歩引いて眺める私を立ててみても、今度はその私を眺める私が要る。こうして観察する私が次々に安全圏へ逃げ、後退が無限に続いていきます。そして視線は、作品から、自分の内側へと向きを変えていく。距離をとりきって「引っかかる」ことそのものをやめてしまえば、もう作品とは関われず、ただ自分の内側をめぐる空回りだけが残ります。客観的に見ようとしていたはずの態度が、外の世界をとらえるどころか、内へ閉じていく運動になってしまうのです。
これがいわゆる「冷笑系」なのでしょうか。私自身、そこに片足を突っ込んでいたのだと思います。おそらく今も、完全には抜け出せていません。それでも、作品から一歩離れて客観的に見ようとする姿勢には、ただ自分へと閉じていく空回りが潜んでいる——そのことに気づけたのが、いちばん印象に残った出来事です。
作品と向き合っているようで、気づけば自己観察に陥っている……鑑賞する作品や鑑賞者との距離感の難しいところですね。その点に気づいてまっすぐに作品に向き合いなおそうとする誠実さに、米林さんらしさを感じます。
最後に、後輩や高校生にメッセージをお願いします。
米林:大学では、過去の思想や取り組みが、さまざまな場面で紹介されると思います。それに対しては、まず、それがどんな前提や世界のなかで生まれたのかを知り、そこに没入して理解しようとすること。それと同時に、距離をとって眺め、それがどんな枠組みや問題設定のもとでなら「正しさ」を持ちえたのかを考えることが大事だと思います。
人が何かを語るとき、たいていは「AかBか」という対立をいくつも重ねながら、自分の立場の優位や新しさを主張します。たとえば、「努力か才能か」「自由か規則か」「文系か理系か」といった形で。講義でも、わかりやすさのために、その対立がくっきり示されることが多い。けれども実際には、誰もが矛盾を抱えたまま物事を捉えていて、一部を切り取れば明快な対立に見えるものも、丁寧に読めばそう単純ではないと思います。たとえば街の壁のグラフィティは、器物損壊という枠組みでは犯罪ですが、ストリートアートという枠組みでは作品になりえます。どんな枠組みに立って見るかを変えれば、「正しさ」もまた変わってしまう。
だから、ある枠組みのもとでそれが正しいことは、いったん認める。その上で、枠組みのほうをずらしてみる。すると、さっきまで見えていた思想や取り組みが別の顔を見せ、また新しく入り込んでいける余地が現れるのではないでしょうか。こうして、前提を信じて没入することと、その枠組みの外に出ることを行き来する。外に出て終わりにするのではなく、そのつど新しい枠組みを持ち込んでまた没入する。この往復が続いているかぎり、それは同じ場所で空回りする後退にはならない、と信じています。
これは、既存の権威的な立場を打ち壊す「武器」になる、と言いたいのではありません。武器として振りかざせば、それは相手が間違っていたと証明することが目的になる。けれど、枠組みしだいで正しさが変わるのだとすれば、相手を決定的に間違いと証明することなど、どれだけ可能で、どれだけ意味があるのかも疑わしい。そうではなくて、天才たちがすでに多くを考え尽くし、もう「新しい」ことなど残っていないように思える世界で、それでも何かを考え、実践し続けることを楽しむための手掛かりとして、この方法が良いのではと考えています。
米林さん、ありがとうございました。
改めて、この度は受賞おめでとうございます!
担当教員コメント
米林くんの特筆すべき資質は、複雑な事象の背後にある構造を紐解く分析力と、それを他者に届けるための解像度の高い言語化能力である。Double Annualにおけるアートプラクティショナーとしての活動や、卒業研究・制作に向けた探求において、彼は多様な他者の実践に深く寄り添い、それらを全体を貫く普遍的な文脈へと丁寧に編み直してきた。事象の表層にとらわれない鋭い観察眼と、対象にどこまでも誠実に向き合おうとするその真摯な姿勢は、アートプロデュース学科の優秀学生として推薦するにふさわしい。
林田新
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今 後 の 予 定
🔷7月19日(日). 7月26日(日)
「 探究ワークショッププログラム 」

🔷7月25日(土). 7月26日(日)
「 ブース型オープンキャンパス 」







