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後花園天皇はなぜ山国陵に葬られたのか

歴史遺産コース 酒井 健次

後花園天皇が山国陵に葬られていることは、持明院統の天皇が深草十二帝陵をはじめとする都近くの陵域に葬られることを通例とする中で、特異な事例として知られている。私がこのテーマに関心を持ったきっかけは、「なぜ山国なのか」という素朴な疑問であった。
しかし調査を進める中で、山国陵については、研究者が論じようとしても直接的に拠るべき史料がほとんど存在しないことに気づいた。史料が存在しない以上、確かな形で書けることには限界があり、安易に理由を語ることはできない。本研究では、『看聞日記』などの同時代史料に見られる周辺的な記述を手がかりにしながら、何が史料から言えるのか、そして何が言えないのかを意識し続けた。
結果として、本論文は明確な結論を提示するものではなく、むしろ史料の乏しさという条件の中で、先行研究や研究者の見解を読み直し、考えを深めていく過程に多くの時間を費やした研究となった。史料がないからこそ、どのように考えるべきかを問い続けた点に、この研究の意義があると考えている。

酒井 健次

歴史遺産コース

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奈良市で育ち、東大寺や興福寺、春日大社といった神社仏閣、そして奈良公園が身近にある環境で過ごしてきた。幼い頃からそうした場所に親しんできたこともあり、自然と歴史に関心を持つようになった。学校の授業でも歴史は得意科目であったが、関心を深めた背景には、幼少期に視聴したアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の影響もある。そこから大東亜戦争期の艦船に惹かれ、ミリタリー史への興味を持つようになった。
その後はゲームを通じて歴史への関心を広げ、とりわけ1983年に始まった『信長の野望』シリーズは、初作から最新作まで継続してプレイしてきた作品である。大学入学後は「続瓜の会」に参加し、『看聞日記』を読む中で室町時代の世界に強く惹き込まれた。現在は、幼少期からの関心と学問としての歴史とを結びつけながら、史料を通して過去を考えることに面白さを感じている。

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