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霊峰白山における廃仏毀釈

生き残った「白山下山仏」への一考察

歴史遺産コース 竹村一朗

明治維新とともに、全国各地で苛烈な廃仏毀釈が燎原の火のように広がった。石川県においても廃仏毀釈は実施され、日本三霊山のひとつで全国的な信仰の山となっていた白山(標高二千七百二㍍)もその魔の手から逃れることはできず、明治七(一八七四)年に、山中から仏像・仏具類がことごとく取り除かれて麓へ降ろされた。しかし麓民の総意による嘆願によって破却行為からは逃れられた。同年七月からほんの半年間に起きたことではあったが、生き残れた要因ははっきりとされていなかった。
そこで本研究では、実施時期の明治七年に着目して、「道場」(浄土真宗の末寺相当)によって強固な地域コミュニティ・村社会に根付く白山信仰を軸に論考しました。先行研究が乏しくて探すのに苦労したものの、地元・古社に残る史料などを集めながらの研究となりました。その結果、「天領」「実施時期」「実施主体」「浄土真宗」「白山信仰」の五つのキーワードをもとに卒業論文にまとめ上げることができ、今はホッとしています。
なお白山から強制排除された仏像類は「白山下山仏」として現在も。麓の二ヶ所(石川県白山市の「林西寺」と「尾添白山社」)で大事に守り続けられています。

竹村一朗

歴史遺産コース

一九五八年生まれの歴史好きの「じぃーじ」(孫にこのように呼ばれています)。会社勤めでは後半の二〇年以上を単身赴任で各地を転々としました。その折に、各地に伝わる祭りや農耕儀礼、風習に触れて、定年退職後は「地元の歴史について自分なりの解釈を加えてみたい」と思い、それに備えて、基礎から学ぼうと本大学に進学。

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