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Linger

(大学院)写真・映像領域 長谷川 美祈

領域奨励賞

 2018年、性暴力の被害を受けた女性たちの自助グループと出会った。そこには、さまざまな傷みを抱えながらも互いに語り合い、支え合う人々の姿があった。「なぜ自分が被害に遭ったのか」と問い続けるその声に触れ、私のなかに次第に疑問が生まれた。なぜ被害者だけが語り、証明しなければならないのか。被害は当事者の声によってのみ可視化され、ときに加害の証明責任までも背負わされる。一方で、加害者の存在は社会のなかで曖昧なまま放置されている。
 日本では性犯罪に関する法律が110年間改正されず、2017年に見直された。しかし現在もなお、被害者の声が十分に受け止められているとは言い難い。議論が重ねられる一方で、加害を生み出す構造そのものは、いまだ十分に可視化されていない。
 私は加害者臨床および性犯罪再犯防止プログラムの現場を取材した。そこから見えてきたのは、加害が特異な存在による逸脱ではなく、社会の価値観や規範のなかで学習されうる行為であるという現実だ。支配や優越の欲望、他者を「モノ」として扱う視線は、私たちの社会に深く埋め込まれている。生まれながらの加害者はいない。私たちは同じ社会を生き、その構造の一部を担っている。
 本作は、長らく不可視化されてきた加害の構造に向き合うものである。加害者と被害当事者、それぞれの視点から二冊の写真集を制作し、両者を並置することで、「加害者」「被害者」「傍観者」という三者の関係性を浮かび上がらせる。ある被害当事者は「性被害は、丸めた白い紙を広げても皺が残るようなものだ」と語った。本作はその比喩を出発点とし、皺を個人にとどまらず、関係性や社会に残る痕跡の象徴として扱い、構造を可視化する。その関係性のなかにある私たち自身の位置をあらためて問い直す試みである。

輪ゴムで手を弾くことで、加害衝動を中断し、現実認識を回復する。

イヤフォンを用いて音楽を聴くことにより、加害行為への衝動を低減させる。

軍手の着用により触覚情報を制限し、加害行動の実行を抑止する。

長谷川 美祈

(大学院)写真・映像領域

CONTACT

 写真、文章、資料など、多様な媒体を横断し、社会に潜む暴力や構造、関係性を探究するリサーチベースのアーティスト。対象との関わりのなかで立ち現れる、個人と社会、主体と他者、観者と被写体の力学を可視化する制作を行う。
 近年は、性犯罪や児童虐待など社会に埋め込まれた暴力の構造に向き合いながら、写真というメディアが内包する暴力性やその受容の仕組みを問い直している。
 日本における児童虐待をテーマにした写真集『Internal Notebook』(CEIBA editions, 2019)は、Pictures of the Year International(アメリカ)など国際的な写真集賞を受賞。
 現在、Reminders Photography Stronghold Gallery(東京)にてアシスタントキュレーターを務める。

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