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DIASPORA IN INCHEON

-記憶と街の軌跡-

(大学院)写真・映像領域 山田 貴子 (YAMADA TAKAKO)

本作品は、韓国・仁川(インチョン)という「移動と定住」が交差する都市を舞台に、私自身の家族史と現代のディアスポラたちの姿を重ね合わせたセルフ・ドキュメンタリーであり、アーカイブ・プロジェクトである。

 プロジェクトの起点となったのは、他界した両親の遺品から見つかった、母方の祖父(1912年生)の古いアルバムである。戦時中、彼は日本の所沢にある航空機工場で働いていた。彼が製作に関わった航空機の部品は、当時日本統治下であった朝鮮半島、あるいは今の私が暮らす仁川の地を通過し、戦場へと運ばれたかもしれない。この「物の移動」への想像力は、かつての祖父の記憶と、現在の私の生を繋ぐ重要な装置となった。

 仁川は1902年に韓国初の公式移民がハワイへと出発した港町であり、現在も多様な国籍や背景を持つ人々が「移住者(ディアスポラ)」として生きる都市である。私は、祖父がかつて見たであろう風景や、彼が作った部品が辿ったかもしれない軌跡を追いながら、同時に仁川の街頭で声を上げ、コミュニティを守り続ける移住女性たち、そして多文化の中で育つ子供たちの姿を記録した。

 作品を構成するのは、再構成された家族の古い写真、リサーチの過程で訪れた移民史博物館の風景、そして現在の仁川を生きる人々のポートレートである。これらのイメージを断片的に配置し、日本語と韓国語のテキストを併記することで、国家や時代という境界線を越えて繰り返される「移動」の重層性を可視化しようと試みた。

 私にとって、祖父の過去を辿ることは、韓国で生きる私自身のディアスポラとしてのアイデンティティを再構築するプロセスでもある。祖父が作った部品がかつて海を越えたように、本アーカイブもまた、過去の記憶を現代の街へと運び、他者の物語を「自分自身の物語」として接続するための試みである。

仁川・富平市場の文化通りにて#Mee too キャンペーン

ヒョジョン多文化奉仕団による「讃岐うどん」奉仕にて

移住民放送MWTVや移住民映画祭MWFFでの活動を原点に、移住者の声を届ける実践を映像で記録し 仁川DIASORA映画祭で上映。現在の仁川でのアーカイブ活動へ繋がる短編予告編。

山田 貴子 YAMADA TAKAKO

(大学院)写真・映像領域

CONTACT

1998年末より韓国・仁川に居住。2011年、ソウル国際女性映画祭のワークショップ参加を機に、移住民の視点による表現活動を開始した。以後、多文化映画祭やMWFF移住民映画祭等のプログラマー、地域メディア「仁川in」の記者として、長年「言葉」と「映像」で移住者の声を記録してきた。

2025年からは、連載「DIASPORA IN INCHEON」を通じ、仁川地域の移住民へのインタビューと写真記録を継続している。映像作品では、短編ドキュメンタリー『SAYONARA MWTV』を制作。現在は「仁川は魔界である」という娘の言葉から着想を得たプロジェクト『仁川が嫌いで?』を展開し、姉妹都市である神戸や横浜での調査・制作も準備中である。現場での実践を土台に、自身の家族史と仁川の重層的な文脈を交差させるアーカイブ構築を目指している。

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