2016年1月
2016年1月28日 インタビュー
「情報デザイン学科をもっともっと知ってもらいたい!」
ということではじまった、インタビュー企画の第8弾!!
今回は、芸術学部長と情報デザイン学科長を兼任する “デザイン教育のスペシャリスト”、
根之木正明(ねのきまさあき)先生のご紹介です。
主な授業:情Dコース1年次「観察・思考・発想力基礎」
主な授業:イラストコース3年次「総合演習」
東京芸術大学を卒業後、(株)電通でのアートディレクター職を経て、
現在はその経験を生かしたデザイン&アートの教育に心血を注がれている根之木先生。
情Dの学科長として、そして芸術学部長として、日々後進の育成に尽力されています。
今回は東京時代の思い出話だけではなく、
かなりプライベートなお話までじっくりとお伺いすることができました。
学生たちと根之木先生による、あたたかな雰囲気の会話をお楽しみください!
(根之木先生の詳細なプロフィールはこちらからご覧いただけます。)
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話し手|情報デザイン学科 教授 根之木 正明 先生
インタビュアー|情報デザインコース 2年生 瀧澤 亮 くん(写真 右)
情報デザインコース 2年生 宮下 和 さん(写真 左)
瀧澤(以下、瀧):早速ですが、僕は東京出身で、宮下さんは茨城出身なんです。根之木先生も東京にいらっしゃたんですよね。全員関東出身ということで、関東トークでもしませんか?
根之木(以下、根):「東京ではマクドナルドをマックって言いますよね」とか、関東トークってそういうこと?(笑)僕は関東を離れてもう22年経つんです。しかも東京に住んでいたのは高校を卒業してからの16年間だけで、生まれたのは”唐津焼き”で有名な佐賀県の唐津。すぐ近くに海があって良い所でした。佐賀平野には基本的に何もないから、熱気球の世界選手権大会が開催されたり。
(↓右手を九州に見立てる根之木先生)
宮下(以下、宮):祖母に「人はみんな16歳までに住んでいた場所の話し方(方言)で生きていくんだよ」って言われたことがあるんです。だから私はずっと茨城弁だし、瀧さんも東京弁ですよね。先生は授業中も標準語っぽいですが、唐津弁が出ることもあるんですか?
根:どこかに染み付いているかもしれないけど、もうすぐには出ないですね。急に喋れと言われると嘘っぽくなってしまうかも。
瀧:先生は九州と東京を経て京都に来られたということですが、京都のおすすめスポットはありますか?
根:詩仙堂は景色もきれいで人もそんなに多くないし、京造から近いからおすすめですよ。あと京都は食べ物屋さんが美味しいよね。東京と比べると安いし!小さいお店でもちょこっと坪庭があったり、空間を気にしているお店が多い。町家を改修したお店にはよく行きます。
瀧:町家でイタリアンとか、そのギャップが良いですよね。最近は若い人向けの町屋アパートもあったり。
根:でも、もし「住め」と言われたら僕は少し嫌ですが(笑) 以前に検討したこともあったんだけど、とにかく寒いし、風呂が外にあったという理由で却下しました・・・やっぱり床暖がないとね・・・(笑)
一同:現代っ子だ!!!(笑)
宮:佐賀での高校生活はいかがでしたか?
根:一応共学だったんだけど、昔は男子校だったという高校でね。だから男が多くて、学校の集会で並ぶと前も後ろも男子ばっかり。最初から男子校に行くつもりだったらいいんだけど、せっかく共学に入ったのに男子クラスかぁ、って思ってました(笑)だけど高校生活は本当に面白かった。
宮:私はその逆で女子校だったんですけど、同性ばっかりだなーって、やっぱり思ってましたよ(笑)
瀧:周りに美術が好きな友人はいましたか?いつ頃から美術関係に進もうと思われたんですか?
根:高校は普通科でしたが、美術部に入っていたので部活の友達とはよく美術の話をしていました。実は最初の1年くらいは、友達の誘いで入部したこともあってか、遊んでばかりで何もしてなかったんです。それが、2年生になる時に「後輩が入ってくるぞ。遊んでばかりじゃいけない!」って、しっかり活動するようになりました。2年生の終わりくらいに、美大に通っている先輩が教育実習で高校に来て、話を聞いていくうちに、美大という進路もアリかなと考えるようになりました。
宮:子どもの頃から絵が好きだったわけではなかったんですか?
根:まあまあ好きではあったけど、成績はあまりよくなかったです。中学校のスケッチ大会で頑張って描いたのが入選して、自分でも驚いたくらい。その頃はまだ芸大に進もうなんて、これっぽっちも思わなかったですね。
宮:他に将来の夢はありましたか?
根:実は子どもの頃の記憶があんまりないんですよ。幼稚園の記憶なんて全くない(笑) 両親によると、コミュニケーションをほとんどとらなかったらしくて。もしかすると幼稚園の先生は何か問題のある子供だと思ってたんじゃないかな。
宮:ほんとですか!?
根:本当にそれくらい黙ってたみたいです。その頃の写真を自分で見ても「あーこれは黙ってる感じの子どもだな」と思います(笑) ちゃんとコミュニケーションをとるようになったのは、中学に入学してからですね。
宮:個性的な幼少期ですが、大学受験の時はどうして美術科ではなくデザイン科を志望されたんですか?
根:どうしても”デザインの仕事”をしたかったからです。当時は、芸術を志す人はみんな東京芸大を受けた時代だから、受験倍率が35倍とか50倍とかでね。僕も東京で2年間浪人しました。そうやって、デザインがしたいがために苦労して入学したわけですが、結局大学ではデザインなんてほとんど教わらなかった(笑) 教えてもらえたのは会社に入ってから。
宮:昔の東京芸大のデザインの先生は美術作家さんが多かったと聞いてますが、忙しくて授業に来てくれなかったということですか?
根:うん、週に一度くらいしか来てくれませんでした。そもそも当時の先生は恐れ多くて、遠目から見ると「カタギではないな・・・」という感じで(笑) 昔は、ですよ。今はちがうと思います(笑)
宮:そんな芸大での一番の思い出はなんですか?
根:とにかくたくさん制作したことです。3年生までは課題を、4年生では自主制作をしていました。情Dでは考えられないけど、3年生までは2−3週間に1つしか課題が出なかったので、1つの課題のためにたくさん資料を読んでリサーチしていました。課題の種類はいろいろで、早く終わらせようとするならほんの15分で片付いてしまうような ”水墨画の模写” なんていうのもあってね。10分で炭をすって、5分で描いて終わり。そんな学生もいたけど、僕は徹底的にやってました。デザイン科の先生のなかにはデザインの基本は造形だっていう方がいらっしゃって、いわゆるデザインらしいことはあんまり教わらなかった気がします。でも不思議と学生はデザイナーで就職するんですよ。僕は電通に入社したし、同級生も大手企業や広告会社に就職していました。いつの間にかちゃんと力がついてたんですね。まあ、でもね、そもそも何か教わったとしても、当時は先生の言っていることがほとんどわからなかったんだよ(笑)
宮:えー!? たまにしか会えないのに(笑)
根:僕らが考えるよりも遥か上のことを話されるから。わからないから一応質問はするんだけど、返ってくるその答えもまたむずかしくてね。卒業してから気がついたのは「先生、僕たちに向けて話してください」じゃ、ダメだったんだということです。あの時、先生が話していた目線を理解して、そこに僕ら学生が近づかなくちゃいけなかったんだってこと。自分が学生である時にはなかなかわかりませんでしたけどね。
瀧:根之木先生が僕たち学生に教える時も、「ここまで来て欲しいな」ってちょっと高くボールを放る感じですか?
根:僕はしゃがんでじっくり待つ派ですね(笑) できるだけ上にあがってきて欲しいとは思うけど、それは僕がそういう教育を受けてきたからなんです。やっぱり人間は自分の経験に引っ張られがちだから、現代の学生と離れすぎないように気をつけているつもりです。
宮:個人的な悩みなんですが、いまの自分は課題の制作しかできてなくて。先生は自主制作でどんなものを作られていましたか?
根:僕はずっと絵を描いていました。創ったものは”イラストレーション”ではなく”絵”と呼んでいました。イラストレーションとは仕事の中で活かされるものだと思っていたので、自分が描いた絵がイラストレーション足りうるかわからなかったんですね。いま考えるとイラストレーションと呼べたと思いますが。もうね、すごく楽しくて、最初は家にあるものを片っぱしから描いてました。テレビとかスリッパとか。そのあとは、大学の隣にあった上野動物園に行ってモチーフを探していました。大学で上野動物園仲間を作って、みんなで年間パスを買って何度も動物園に通った。生まれたばかりのアメリカバイソンも見ましたよ。
宮:へー!もちろん描かれたんですよね?
根:いや、それは描かなかった(笑) あれ?いま思うと動物園に行ってもあまり絵を描いてなかったなぁ。巡回してただけだったかも(笑) だけど記憶にはとどめていたみたいで、卒業制作のタイトルは「動物園に行こう」でした。F50のキャンバス6点組で。きみたちが卒業する頃に見せてあげるよ。
宮:今は見せていただけないんですか?
根:「こんなの描いてたんですか!」って馬鹿にされそうだから今は見せない(笑)
宮:いやいやいや馬鹿になんてしませんよ!(笑)
瀧:イラストレーションで受賞されたのはその頃ですか?
根:そう、4年生から大学院生にかけてです。JACA主催の”日本イラストレーション展”と、パルコ主催の”日本グラフィック展”という二つの大きなコンペで受賞しました。日本グラフィック展の方は毎年入賞上位者のイラストを使ってポスターをつくることになっていて。その年は僕に依頼することになったらしいんですが、まだ携帯電話なんてない時代だから、毎日大学に通い詰めていた僕となかなか連絡がつかなかったみたいで、結局大学づたいで連絡をくれたんです。「今日が打ち合わせの日だから来てください」って。その日は大学の研修旅行で、今まさにバスが出ようとするところだったんですよ。僕からすると突然のことだったんだけど、そういうイラストの仕事は初めてだったので、福田繁雄先生に「研修をパスしてパルコの打ち合わせに参加したい」と伝えたんです。すると福田先生が「俺が電話に出る」と。「私は福田繁雄だ。パルコの社長にちょっと伝言しておいて」と、担当の方に何やら交渉してくれて、結局打ち合わせの日程が変わったんです。おかげで研修にもパルコの仕事にも参加できて、どちらもすごく楽しかったですね。研修といっても、なかみはソフトボールとか飲み会だったんだけど(笑)
瀧:まさに鶴の一声ですね! そんな学生生活から、電通に入社されたキッカケを教えてください。
根:1年生の頃からずっとアートディレクターになりたかったんです。大学4年間ずっと鉄の彫刻を作っていた工芸科の先輩がデザインなんて何も知らないはずなのに電通に入社したのを見て、それなら自分も入れるなと思って(笑) そんなだったもので、入社してからは本当に勉強の日々でいろいろ失敗もしました。ある時、クライアントの扱っている商品の写真を撮影したあと、頼まれてもいないのに”レタッチ”という修正の作業をしてしまったんです。まだ一番下っ端だったのに”ホウレンソウ(報・連・相)”をしないまま勝手に作業してしまったんですね。クライアントからは当然「頼んでもいないのに何やってんの?」と言われてしまい、チームを組んでいたアートディレクターや営業の方といっしょに謝りに行ったんです。僕としては平謝りするつもりでいたんだけど、上司たちが「根之木はクライアントのためによかれと思ってやったんだ! なのに何だその言い草は!」って相手の担当者に向かって怒り出したんですよ(笑) あまりのことに「何なんだこの人たちは!?」って、もうね、感動しました。どう考えてもこちらが間違ってたんですが(笑) そんな職場だったからか、嫌な人と出会ったことがなかったですね。職場のみんながきちっと同じ目標に向かっていたので、互いが向上し合える仲間になれたんだと思います。
ただ当時はバブル景気だったから、打ち合わせの時間が深夜の1時だったり、とにかく忙しかったですね。
瀧:京造の先生になられた頃はもう電通を退社されていたんですか?
根:京造に来る5年前には仕事を辞めていて、ずっと作品を制作してました。だけどその生活があまりにも単調で、ちょっと飽きてきちゃっていて。そんな時に、ある専門学校から先生にならないかという話があってね。他の専門学校からも声をかけてもらって、そうこうしているうちに、どんどん教育の現場が面白くなってきて、もっと深く教育に携わっていきたいなと考えていた矢先に、京造から誘っていただいたんです。「大学だと専門学校とはまたちがうことができるかも」なんて考えているうちに、いつの間にか京造の前理事長と握手なんかしちゃってて、「あぁ俺、握手してる」って(笑)
宮:先生になると握手をするんですね(笑) 先生という職業がもともと好きだったんですか?
根:向いていたんだとは思いますね。学生の時にもすいどーばた美術学院っていう大きな美術予備校の先生をしていたし、いま思うと僕はずっと”教える仕事”をしています。でも昔は厳しい先生だったんですよ。よく講評会とかで学生を泣かせちゃって、副手さんから「また泣かせたんですか?」なんて言われてた。「いやいや、あの子は涙もろい子なんだよ」って(笑) 今はあまり怒らなくなったけど、なかみは変わってないので、怒れって言われれば怒ります。
宮:怒る根之木先生が想像できないです。
根:激情に駆られて怒る感じではないですけどね。たとえば「プレゼンの時には作品を説明するための何かを持ってきなさい」と言っておいたのに、ただ言い訳をするだけで何も持ってこないとか、そういうことを何度も繰り返すと、きつく叱っていました。それでもね、後から学生が謝りにくるんです。その流れで「先生、飲みにいきませんか?」なんて言ってくる。それで本当に飲みに行っちゃったりね。昔はそうやって、相談や制作で、学生も僕ら教員も遅くまで残っていると「いっしょにご飯でも食べに行こう」というようなこともよくあった。ある日、僕が王将に行くと、頼んでもいない瓶ビールが2本くるんですよ。「頼んでないけど?」って店員さんに聞くと、「あちらのお客様から」って。見ると、2年生の男子2人が笑ってるんですよ。翌日が講評会だったので「先生、明日はよろしく!」ということだったらしい(笑)
宮:おしゃれなバーみたいじゃないですか!その2年生めちゃめちゃ格好良いですね(笑) そんな学生たちから、逆に学ぶことはありますか
根:「学ぶ」という姿勢です。僕らもずっと勉強をつづけなくてはいけないから「世の中にはもっと学ばなきゃいけないことがたくさんある」っていう意識を持ちつづけることは本当に大事だと思います。なので、僕が教える時も、たとえばある学生が何かをうまくできない場合、それをできるようにするための具体的な方法を直接教えるのではなくて、”できる方法”を主体的に学べるように指導したいと思っています。
瀧:今の情報デザインの学生たちに「もの申す!」みたいなことは何かありませんか?
根:「おもいっきりやれ!」ですね。そして一歩前に出る勇気をもってほしい。
瀧:最後に、情D2年生メンズLINEからの質問です。ぜひ聞いて来てくれとのことで。根之木先生の好きな異性のタイプはどんな方ですか?
根:それをブログにのせるの!? うーん・・・・・・、美人。
一同:素直!(笑)
宮:ちなみに瀧さんは?
瀧:僕は・・・、過去に付き合った人が3人いるんですけど、みんなぽっちゃりしてました。
根・宮:えぇーー!?
(※ 瀧さんはマッチョです)
瀧:僕自身は昔からスポーツをしてたんですけど、逆にスポーツを全く好きじゃない女性の方が合っていたみたいです。宮下さんは?
宮:私は・・・まず外国人が好きです。特にヨーロッパ系の顔の人が好きです。
根・瀧:えぇーー!
根:すごいなぁ、外国人かぁ(笑)
宮:そうですね、外国人がほんとに好きなので、あんまり日本人を見ていません。なんかすみません。
根:せっかくの数少ない男子たちも眼中にないという・・・(笑)
宮:そんなことないです!なんかすみません!
瀧:最後の話題が好みの異性の話というのはシュールですが、これでインタビューを終わりにしたいと思います! 根之木先生ありがとうございました!
一同:(笑)
記事/瀧澤 亮、宮下 和
写真/藤田 彗光(4年生)
《 根之木先生に聞いた! 20歳のときに読んでおきたかった本 3選 》
「キルヒャーの世界図鑑―よみがえる普遍の夢」 ジョスリン・ゴドウィン 著(工作舎 、1986年)
「ニューロマンサー」 ウィリアム・ギブスン 著( 早川書房、1986年)
「かっこいいスキヤキ」 泉 昌之 著( 扶桑社、1998年)
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学科長へのインタビューということで少し緊張していた学生たちでしたが、
さまざまな時代・場所・立場を経験してこられた先生のエピソードトークで、
すっかりコリがほぐれたようです。
「面白くなるのであれば」と、私たちのリクエストに笑顔で答えてくださった
根之木先生の懐の深さに心から感じ入るインタビューとなりました!
この企画は、約ひと月に1回のペースで更新する予定です。
次回もぜひご期待ください。
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↓前回のインタビュー記事
過去のインタビュー記事はこちらからご覧いただけます
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スタッフ:森川
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2016年1月27日 イベント
先日の記事でもお伝えした、グラフィック表現ゼミの展示にお邪魔してきました!
展示されているほとんどのものは購入することができます。
もちろん数量限定!早い者勝ちです!
会場には作者である学生が交代で在廊します。
どんな作品か聞きながら作品を見てみると、見え方がまた変わってくるかも
しれませんね。
会期は今月末まで。まだご覧になっていない方は、ぜひお越しください!
|会期|
1月25日~31日
11:00~19:00(最終日17:00まで)
|会場|
gallery Take two
京都市中京区御幸町通御池上ル亀屋町399 カーサ御幸1階
http://www.gallery-taketwo.com/map.html
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2016年1月25日 ニュース
2016年1月22日 授業風景
情報デザイン学科のある建物の中には、
「スキマギャラリー」という展示スペースがあります。
名前のとおり、スキマにあるからスキマギャラリーなのです。
今回ここで、写真の授業の展覧会が行われました。
テーマは「たくさんある中からの一つ」。
それぞれが思う「たくさんある中からの一つ」を写真に表現しました。
色鮮やかなものや、モノクロームのもの、
人物が写っていたり、植物だったりと、様々な美しい作品が並びます。
自分にとっての「たくさんある中からの一つ」はなんだろう?と考えながら、
しみじみと見入ってしまいました。
また、展示最終日には合評が行われ、指導教員の亀村俊二先生からの
コメントに真剣に耳を傾けていました。
この1年間で学んだことを、これからの制作に活かしていってくださいね!
かわってこちらは3年生中心の、絵本制作ゼミの様子です!
絵本作家の長谷川集平先生をお迎えし、1年間かけて1冊の絵本を作りました。
成果展ではその絵本と原画を展示、絵本の読み聞かせを行いました。
絵本というメディアの特徴のひとつに、児童文学との関係があります。
この展示では、展示台を低くしたり、靴を脱いで絵本を読むことができるなど、
子供も楽しめる雰囲気を目指しました。
これからも情報デザイン学科では授業の展覧会を行います。
ここでは間近に開催予定の2つをご紹介します。
ふりかえってん
イラストレーションコース3年生ヴィジュアライズ領域による展示です。
4年次の卒業制作を見据えた、いわばプレ卒業展にあたる内容です。
土日もオープンしますので、ゆっくりご覧いただけます。
|会期|
1月22日 13:00~20:00
1月23・24日 9:00~20:00
1月25日 9:00~13:00
|会場|
京都造形芸術大学 望天館1階 プロジェクトホール
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Moiré
3年生表現演習・グラフィック表現ゼミの展示です。
シルクスクリーンやポリマー版画などによる作品、グッズの展示・販売を行います。
学外での展示です。普段大学に来る機会がない方も、ご来場をお待ちしています!
|会期|
1月25日~31日
11:00~19:00(最終日17:00まで)
|会場|
gallery Take two
京都市中京区御幸町通御池上ル亀屋町399 カーサ御幸1階
http://www.gallery-taketwo.com/map.html
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2月末には本学を会場に、現4年生の卒業展が開催されます。
この記事でご紹介した展示はいずれも、1年後に卒業展を控える3年生の作品が中心です。
1年後の展示がどうなっているか想像しながら、ぜひご覧ください!
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2016年1月21日 授業風景
大学近辺でもついに雪が積もった今日この頃、
情報デザインコース 2年生が制作した
架空雑誌「大学二年生」の合評が行われました!
以前こちらでご紹介したように(前回の記事はこちら!→☆)
この雑誌は、大学二年生をターゲットにし情報を発信するための架空の雑誌です。
表紙のデザインだけではなく、ターゲットに向けた特集を組み
特集での内容やレイアウトについて
完成までに何度も話し合いと試行錯誤を重ねて制作が進行していきました!
雑誌の名前のとおり、大学二年生という学生と等身大の
ターゲットに向け特集が組まれているため
特集の内容はファッションや食べ物、自分の趣味など学生にとって身近なものですが、
作り手も読者も大学二年生だからこそ納得できる内容になっています。
特集に合わせた、ネイルシールやレシピブックなどのふろく付きのものもあり、
雑誌を購入したときのわくわく感も再現されていますね!
力作も多くそろった「大学二年生」ですが、
「Back Ground Music」をテーマに特集を組んでいた、
情報デザインコース 2年生 吉田さんからコメントが届きました!
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今回の制作は、みんなで一緒により良いものを作ろうという雰囲気があったので
意見の交流が盛んに行われ、様々なタイプの特集テーマが生まれました。
私の特集は『BGM』についてです。これは「Back Ground Music」ではなく、
今回の雑誌のために考えた造語「Back Ground Movie」のことで、
課題をしながら見る、流し見にオススメの映画を紹介しました。
記事を書くときに意識したのは「オリジナリティ」です。
授業で先生がよく言っていた「おもしろいものを作ろう」という言葉を受けて、
沢山あるおもしろいものの中でも
「今まで見たことないもの」=「おもしろいもの」と自分なりに解釈し、
映画紹介というありふれたテーマを「流し見」という自分の視点から記事にしました。
さらに雑誌のタイトルにもなっている「大学二年生」になって感じたこと
(京造で2年間デザインを学び、日々感じていたこと)を盛り込めたことによって、
今の大学二年生の私にしかできない
オリジナルで「おもしろい」雑誌になったんじゃないかと思います。
情報デザインコース 2年生
吉田 真由
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今回の課題は、特集の企画、紙面のデザイン、
表紙や特集に使用するための写真撮影、キャッチコピーなど
雑誌制作のための様々な仕事を1人で経験するためボリュームがありましたが、
どの「大学二年生」もオリジナリティを出すために
雑誌というメディアをよくリサーチし、
最後までこだわりをもって完成させているようでした。
今年度の授業も終わりに近づいていますが、
3年生になっても2年生で学んだことを忘れず、
どんどん制作を続けてくださいね!
スタッフ:ハシジ
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京都芸術大学は、今アジアで最もエネルギーを持って動き続ける大学であるという自負があります。
通学部13学科23コース、通信教育部4学科14コース、大学院、認可保育園こども芸術大学。
世界に類を見ない3歳から93歳までが学ぶこの大学は、それぞれが溢れる才能を抱えた“プロダクション”のようなものです。
各“プロダクション”では日々何が起こっているのか。授業や取組みの様子、学生たちの作品集や人物紹介。
とどまることなく動き続ける京都芸術大学の“プロダクション”の数々。
そこに充満するエネルギーを日々このサイトで感じてください。