文芸表現学科

【特別講義レポート|前編】新城カズマ最終講義Ver0.96(Beta)――Yet Another Story to Tell

こんにちは、文芸表現学科研究室です!

 

文芸表現学科で12年にわたり小説の創作指導をご担当いただいた、小説家であり本学科客員教授の新城カズマ先生が、2026年度2Q開講科目「文芸創作ワークショップ3A」の最終授業をもってご退任されました。

 

ご退任に際して2026年7月22日に「特別講義」を開催しました。
聞き手は河田学先生江南亜美子先生のおふたり。会場には、本学科で学ぶ在学生はもちろん、卒業生も駆けつけました。

 

特別講義では、新城先生の学科での思い出、創作への眼差し、新城先生の考える未来について、新城先生ならではの独特でありながら論理的な視点で、お話しいただきました。

 

学科ブログでは、この特別講義「新城カズマ最終講義Ver0.96(Beta)――Yet Another Story to Tell」の模様を前編・後編の2回にわたってお届けします!

 

 

今回のレポート記事を執筆してくださったのは、文芸表現学科卒業生の愛知はなさんです。

どうぞじっくりとお楽しみください。

 


前編|新城カズマ最終講義Ver0.96(Beta)
ーーYet Another Story to Tell

新城カズマ先生プロフィール

 

文芸表現学科客員教授/作家・架空言語設計家。 1991年に『蓬萊学園の初恋!』(富士見ファンタジア文庫)でデビュー。『サマー/タイム/トラベラー』(全2巻、早川書房)で第37 回星雲賞長編部門受賞。他に『ライトノベル「超」入門』(ソフトバンク新書)『物語工学論』(角川学芸出版)『マルジナリアの妙薬』(早川書房)『15×24(イチゴー・ニイヨン)』(全6巻、集英社スーパーダッシュ文庫)『島津戦記』(新潮文庫nex)『社会をつくる物語の力』(木村草太氏との共著、光文社)等。趣味はチェスとラテン語。

公式X:https://x.com/SinjowKazma 

 

 

 

 

 

【文表現学科での12年間の歩みと、学生・作品とのつながり】

 

江南先生:特別講義というかたちではありますが、ざっくばらんにこれまでの思い出やこれからのお仕事のことなど。過去・現在・未来と幅広くお話いただければと思っております。

 

新城先生:文芸表現学科での12年間を振り返ると、学生のみなさんよりも、私の方がたくさんのものを得たような気がしています。「どうやったら、今自分がわかっているつもりになっていることを、学生に伝えられるだろうか」と考え続ける中で思考がどんどんシェイプアップされていきました。おそらく12年前より、今の方が私の伝える技術は上がっている気がするし、自分のなかにある「小説」や「物語」というものがクリアになってきました。もちろん、いまだにわからない謎も色々あるんですが……

 

河田先生:この12年間で、大学も学科も様変わりしましたよね12年前の文芸表現学科といえば、現役作家の教員は(新城先生のほかに)おひとりしかいらっしゃらなかった時代でした。当時は「実作者が授業をする」意味も、今とは違うものがありましたし、当時の学生たちにも特別な期待感があったことを思い出します。当時と今を比べて学生の変化や世代を超えた共通点はありますか?

 

新城先生:授業形態が変わり、クラスの受講人数が絞られていくなかで、「ものすごく小説が書きたい人たち」の熱量をより強く感じるようになりました。ここ数年は、ミステリーを書きたいという学生が多かった印象があります。

この12年を通して共通して言えることは、「小説を書ける人は、私がなにかを教える前から、すでに書ける」ということです。私は、ただその学生の原稿が上がってくるのを待つだけで。うまければうまいほど教えることはない。一見皮肉にも思える状況こそ「小説を教える」ということであり、その本質という気もします。「小説を執筆することは教えられるものなのだろうか」と、いろいろ悩んでいました。

 

 

河田先生:ジャンル的なことで言うと、ミステリーに挑戦して苦戦する学生が多い反面、最近はSFが増えてきた印象がありませんか?

 

新城先生:ファンタジーを書く学生も多い印象ですね。

 

河田先生:ファンタジーは昔から多いですよね。

 

新城先生:エンタメの柱ですから私としては、ジャンルにとらわれない「なんじゃこりゃ」みたいな作品を読むのが私としては楽しかったです。「よくわからないなにか」が降りかかってくるなかで、どういうふうにそれを分析すればいいのかを考えることで「小説とはなにか、物語とはなにか」という自分の中の思考が進展する。そういった意味で刺激的でした。

 

河田先生:ジャンルのなかで戦略的に考えて書く学生も素晴らしいですが、既存のジャンルに囚われず「とにかく書きたいことを書いている」ような学生にも強さがあるということですよね。

 

新城先生:ジャンルを決めて書く、あるいは書くことができるタイプと、まさに「なんじゃこりゃ、でも面白い!」というものを書くタイプと、かなり分かれますよね。

 

河田先生:ジャンル関係なく自分が書きたいものを突き付けてくる学生には潔さを感じています。突破力というか、作品として突き抜けたものを書く可能性もある気がしていて…。僕ら教員は、読み手への意識について教えつつも、どこまで口を出していいのか、指導の難しさを感じるところですよね。

 

新城先生:それこそ「新しい面白さの芽」を摘んでしまうことになるのではないかという不安はありますよね。

 

 

 

【文芸における未開拓のジャンルの可能性】

 

河田先生:授業内でもよく話している「文芸の新しい可能性」について、ぜひ新城先生のお考えをお聞きしたいです。ライトノベルを例に挙げると、「時代をつくった人たち」というのは、もともと「ラノベを読んで育ち、ラノベを書こうとした」わけではないですよね。たまたま行き着いた場所が、後に「ライトノベル」と呼ばれるようになった。そうした新しいジャンルが生まれる現場に立ち会ってきた新城さんから見て、今後の新しいジャンルや、文芸的なジャンルの可能性についてお聞きしたいです。

 

新城先生:私たちが活動を始めた90年代初期は、まだ「富士見ファンタジア」くらいしかレーベルがなかった時代で、とにかく「自分が面白いと思ったものを書く」という状況でした。当時、私たちの前にあったのが、マンガであり、アニメであり、ゲームでした。それらを参考にしながら「そこで起きたら面白いことを、いかに文字で再現するのか」あるいは「どうイラストをつけてもらうのか」というところで七転八倒していたんです。当時は作家も現場の編集者も、雑誌の編集長もおそらく20代だったはずです。そのとき自分たちが面白いと感じるものを書いて、それを同世代の読者が面白いと言って読んでくれたーー。 それが90年代におけるライトノベルが生まれた瞬間でした。

 

河田先生:新城さんご自身も『蓬萊学園』シリーズのゲームマスターを務められていましたよね。ゲームも含め、当時未知の領域だった面白いものを開拓していた人たちが、80~90年代にかけて、今ではジャンルとして確立されたものを作っていたという面白い時代でしたよね。当時、新城先生はゲームにどんな面白さを感じてらっしゃったのでしょうか?

 

新城先生:蓬萊学園』シリーズで取り組んでいたのは、今でいう「MMORPG」のような世界観の共有です。今なら1秒で世界とやり取りできるようなことを、当時は手書きやワープロで書いた手紙を郵便でやりとりしていました。一番多い時期で、少なくとも4800通の手紙が届いていました。実際の参加者人数は3500人でしたが、手紙の数イコールキャラクターの数ですから、その全員に返事を書かなければなりません。プレイヤーからの手紙が手元に届き、届いて半月の間に私がマスタリングをするという月1回のサイクルを回していました。膨大な世界観の構築やつじつま合わせを、当時はすべて手作業で行っていたんです。活躍したキャラクターの名前を拾い上げたり、台詞を入れたり。そして、今ならCGやAIでやっているような世界観の共有を、当時は文章を書いてやっていました。

 

 

新城先生:手紙をくれた全員が楽しめるように、その世界のなかで起きた出来事をまとめた『蓬萊タイムズ』という雑誌を(物語の中に登場する雑誌という体で)月に1冊発行していました。面白いから続けていたら、こちらの執筆技術も、プレイヤー側のアピール技術もどんどんあがっていきましたね。プレイヤー同士で毎月同人誌を作ったり、自主的に毎月集まってイベントを開いたり。まさに坂道を転げ上がるような熱量で発展していきました。そのおかげで私は「文章の書き方」がわかりました。「いかに1行で3人活躍させるのか」といった技術などは、執筆時にも随分役立ちました。小説家になりたい方にはぜひおすすめしたいです。

 

河田先生:本当に「狂っている」と言えるほどの熱量ですね。 

 

新城先生:もうその一言に尽きますし、あの頃は日本全体の頭がおかしかったです。バブル崩壊直前の1990年当時、週末のイベントにあわせて日本全国をワープするように移動する「ワーパー」と呼ばれるプレイヤーがいたんです。バイトで稼いだお金で、全国を移動できるだけの余裕がありました。『蓬萊学園の冒険!』が終わった翌年にバブルが崩壊してしまったから、もし時代が1~2年ずれていたら、私は小説家になっていなかったかもしれません。ぎりぎりのタイミングでしたね。

 

河田先生:1990年といえば、パソコンやワープロはあった時代ですよね。画面にWordしか映らないような単機能のワープロが普及していた頃でしょうか。

 

新城先生:当時使っていたワープロは画面が小さくて、画面にたった1行しか表示されなかったんです。少しずつスクロールさせながら、夢中になって小説を打ちこんでいましたね。

 

 

河田先生:1994〜5年頃までには、パソコン通信が一般的になって、NIFTY-Serveなどで双方向コミュニケーションができるようになり、そこから派生してコミュニティやクリエイティブが生まれる面白い時代に突入していきましたよね。パソコン通信はあったけどインターネットが存在しなかった1990年の活動だったからこそ、「郵便」というテクノロジーが選択されたんだという気がします。郵便だからといってローテクということではなく、その時のテクノロジーの発達などに目を光らせていた人たちが、常に新しい時代の遊び方や、楽しさ、エンタテインメントを作って来たんじゃないかな。MMORPGが盛んになるのは、1990年代後半あたりからでしょうか?

 

新城先生:そうですね。当時はまだ「MMO」とは呼んでいませんでした。

 

河田先生:その言葉自体が一般的になったのは、ゼロ年代(2000年代)に入ってからですね。

 

新城先生:ライトノベル同様、「概念がつく前に、すでにその状況が始まっている」という感覚に近いですね。試みのなかで、後から名前がつくという感じですね。

 

河田先生:そうですね、生き残らないと名前はつかない。この数十年を振り返ると、「失敗」というか「滅んでいった」名前がつかないまま消えていった面白さもたくさんありました。ただ、結果がどうであれ、やっぱり面白いからやっちゃうんですよね。

 

 

 

【新城先生のSFとファンタジーの想像力】

 

河田先生:新城さんが執筆する小説は、非常に多彩なジャンルに及んでいるというところがこれまたすごいところです。ハヤカワ文庫短編集の後書き解説に「もしも、新城カズマが「SFにしか関心の無い」作家だったら──今ごろ、日本SFの中核で次々に新作を発表していて、大学生のSFファンが作品内容をめぐって論争を交わし、未来社会を語るトークイベントにもSF作家代表として呼ばれ続けていただろう。けれども、そうはならなかった。新城カズマの興味関心の対象はあまりに広かった。」(伴名練氏)と書かれていて、とてもいいなと思うと同時に納得しました。そもそも、SFは昔からお好きだったんですか?

 

新城先生:子どもの頃からずっと読んでいましたし、SF作家になりたくて『SFマガジン』のコンテストにも応募したこともありました。当時はあらゆることがSFに見えるくらい好きでした。トールキンのファンタジー作品に出会ったことで、今度は「なんでもかんでもファンタジーのネタに見える」ようになりました。図書館の「日本十進法分類」で、植物以外のすべてのジャンルに興味があったんですよ。植物だけは興味がなかったんですが、ある短編を書くときに植物について調べ始めてみたらおもしろくて、結果的に十進法分類の全ジャンルを制覇してしまったんです。だから今は、図書館のどこに行っても本当に楽しいですね。

 

河田先生:新城さんの本を読んでいると、「この人はSF作家になるべくしてなった人だな」と感じます。2017年に、文芸表現学科から新城さんに高校生向けの原稿をご依頼をしたことがありました。「文芸は無限の可能性を持っていて、言葉でもって、どんなことでも創造することができる」ということを書いていただきました。文芸を学びたい高校生に読んでもらうのにぴったりの文章だなと感じたことを覚えています。

 

河田先生:僕は文学理論が専門なので、新城さんの作品を読むと、アリストテレスを思い出します。彼は「歴史家というのは物事があった在り様を書くものだが、詩人は、物事があり得る、その在り様を書くものだ」と言ってるじゃないですか。新城さんの作品は「ありとあらゆる可能性を考えたうえで、最も面白いと思ったものを選んで書いている」と感じます。紙面に書かれたものは1つの在り方かもしれないけれど、その背後に無限の可能性が広がっていることを、新城さんは考えているんだと感じるんです。

 

新城先生:自分の想像力にはブレーキがついてないことは、日常生活でも実感しています。どうも世の中のちゃんとした大人たちは、ある条件について論理を推し進めた結果、「自分のメンツが潰される」あるいは「自分の家族が危険な目に合うかもしれない」選択肢を選ばないらしいんです。でも私の場合は「一番ありそうな展開、一番面白そうな展開はどれか」という基準で考えるので、「自分が死ぬ」といった選択肢も排除せず、最後まで検討します。落とし込んだいくつかを小説にして周囲に怪訝な顔をされたり。「他の人と自分の違い」を実感していますね。

 

 

河田先生:SFとファンタジーは、どちらもオルタナティブな世界を描くという共通点がありますが、その書き方は違います。新城さんが自ら架空言語設計者と名乗っているのを聞くと、トールキンを思い出すんです。SF的な想像力と、ファンタジー的想像力とは、区別がないものでしょうか?

 

新城先生:両方あるし、それは奥深いところで繋がっている気がします。トールキンは自身が作成したエルフの言語でそのルール(文法や発音体系)と矛盾した音の響きをもった単語を思いついちゃった場合、別の新たな方言や派生言語を作ります。自分に対して都合のいい嘘はつかないわけです。自分がついた嘘を信じすぎて、裏切らないからこそ、世界観が非常に深まります。先ほど話した「想像力にブレーキをかけない」ように、一度はじめた理論に最後まで付き合うアプローチ方法は、SFとファンタジーの結び付いている共通項だと思います。

 

河田先生:言語構造そのものが、我々が語る内容に影響を与えてる、非常にSF的で、科学的アプローチですよね。トールキンは生真面目な言語学者であり、中世英語の教授だったんですよね。

 新城さんご自身の言語への興味は、いつから芽生えたんですか?

 

新城先生:まさにトールキンを読んでからですね。SFはどんなものでも好きだったんですが、「異世界ファンタジー」と呼ばれるもので読んでいるのは、実質トールキンくらいですね。

 

後編はこちら

 

 

(構成・執筆:文芸表現学科卒業生 愛知はな)

 


 

\9月26日(土)/

体験授業型オープンキャンパス開催!

ぜひ、文芸表現学科の雰囲気を体験しにいらしてください!

詳細・お申込みはこちら

文芸表現学科では、【入試直前対策講座】として、読ませるエッセーを書くための考え方についてレクチャーを行います。

受験生の方はもちろん、1年生・2年生の方も、ご参加お待ちしております!

 


 

\学科長・山田隆道先生が解説!/

『文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース』

2026年度コース紹介動画


\Follow me!/

文芸表現学科公式X

 

在学生活動情報や、学科の最新情報をお届け中!

ぜひフォローしてください!

<1234>