あわいのかいぎ ~子育て編~
“ひとりの「悩み」をみんなの「問い」に”
映像コース 古川 さやか (Sarah)
コース奨励賞
1920x1080
本作品は子育て中の母親の苦悩を「個人の問題」とせず、「社会全体の問題」として受け止め、みんなで考え、共有し、対話する試みを記録したドキュメンタリー映像作品である。
【観察】
現在三人の小学生を育てる母親として日々子育てに向き合う中で、私は常に何かしらの苦悩を抱えながら過ごしてきた。子どもが未就学期には、ママ友同士のたわいない会話や親子サロンなどで悩みを共有しあう場があり、励まし合うことで何とか持ちこたえてきた。しかし、そのような場に集まるのは母親だけのことが多く、子育ての問題は社会にはほとんど共有されていないのではないか、その結果、母親だけが悩み続ける構造が生まれているのではないかという違和感が、本作品の出発点となった。
【発見】
女性の就労が進む一方で、家庭の中ではいまだに性別役割分担意識が根強く残っている。その中で母親は、仕事と家庭の両立を当然のように求められ、「よい母親」であろうとする理想像と現実の間で葛藤する。自分らしさやキャリアを諦めたり、十分な愛情を持てない自分を責めたりする母親も少なくない。
調査を進める中で、母親の「しんどさ」は個人の性格や努力の問題ではなく、社会が理想化した母親像や旧来の役割構造の中で、矛盾した期待を背負わされ続けていることによって生まれているのだと考えるに至った。
【想像】
どうすれば母親の声は社会に届くのだろうか。
「あわいのかいぎ」では、母親の悩みに対して解決策を提示するのではなく、それを「問い」へと変換し、他者と共に考える方法として哲学対話を用いた。
「哲学対話」とは「問い」について他者と一緒に考えて、対話することをいう。例えば、「よい母親になれない」という悩みを「よい母親とは?」という問いに置き換えて対話することで、子育て経験の有無に関わらず、誰もが自分事として考えられる。そしてこの「自分事化」と他者との「対話」によって得られた気付きが母親の声に気付く一歩になるのではと考えた。
【共有】
「あわい」とは、何かと何かが重なり合う境界の空間を指す。本作品が捉えたのは、明確な変化ではなく、言葉と沈黙のあいだに生まれる内面的な変化の気配である。その「あわいの変化」を映像として共有することで、母親の苦悩を社会全体の問題として受け止め直すための小さな窓を開くことを目指した。
対話の様子1
対話の様子2
対話の様子3
このコースのその他作品