『お遣い鹿の旅』
デジタル/インクジェットプリント
写真・映像領域 - 写真・映像領域
石井 陽子【領域奨励賞】
ある地域の伝承は土地の記憶として風景に刻まれているのだろうか。《お遣い鹿の旅》は、鹿島神宮と香取神宮の間を繰り返し往復し、カメラという装置で撮影することで、水郷地帯の風景に神鹿の気配が現れるかという実験である。
鹿は日本人にとって古くから身近な動物だ。角が毎年生え変わることから、再生のシンボルとして霊獣とされてきた。だが、全国の多くの地域で、鹿は農林業や生態系に深刻な被害を与える害獣として駆除されている。
鹿島神宮の武甕槌大神と香取神宮の経津主大神は、鹿によって書を交わしていたという。水郷地帯の東西に建つこの二社の距離は約20キロだ。中世以前、水郷地域には「香取海」と呼ばれる大きな内海が広がっていた。お遣い鹿は、手紙の入った竹筒を首から下げ、香取海を泳いで往来していたという。現在、両神宮では鹿が飼われているが、この地域には野生の鹿は棲息していない。
私はお遣い鹿のたゆまぬ旅を辿りながら、人と鹿、そして自然がより調和のとれた関係を結んでいた世界に思いを馳せる。そして、太陽の光と影、水のうつろい、風になびく稲穂などに鹿の気配を探し、機械の眼が捉えた風景にその痕跡を写そうとするのだ。
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