transition-記憶の中の丸石神-
(大学院)写真・映像領域 廣瀬 和弘
297mm×420mm
私が生まれ育った山梨市には数多くの丸石道祖神が祀られている。それを意識するようになったのはごく最近のことである。丸い球体の石ばかりと思っていたが、よくよく観察してみると卵形の石や扁平な石たちが無造作に積まれているものが多く、「神」が居座る場所としては似つかわしくないものだ。中には巨大な石をご神体として迎えた地域もある。
民俗学者の中沢厚は「人が祀るから丸石は神であり、人が祀らなかったらただの石ころ。そこに丸石信仰の真髄があり、同時に民間信仰の原点がある。」と述べている。やがて「丸石神」と呼ばれ人々の信仰の対象となった。その起源やいわれは定かではない。人々の記憶も曖昧でいつ誰が祀り出したのかまるで知らないのだ。雑然と積まれた丸石神だが小正月にはしめ縄を巻かれ少しは気品高く振る舞っているのだ。
町並みや人々の暮らしは絶え間なく流れ続けているが、丸石神は日常という川底で今もじっとたたずんでいる。
私には丸石神の不変性と人々の日常の移ろいという矛盾した光景が眼前に迫ってくるのだった。
私は日常風景の移り変わりを丸石神に焦点をあてて撮影を始めたのである。
移り変わる日常、動かざる丸石神。その対照的な出来事に関心が及び各地の丸石道祖神場を訪ねてみた。
現在の丸石神の有り様を日常風景とともに新たな解釈で表現した。
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