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文学作品と土地との関係について

(大学院)文芸領域 中山誉 (濱矢真広)

『湖上の月』
 江戸時代の近江に、鉄砲鍛冶でありながら日本で初めての反射望遠鏡を製作した男がいた。名前は国友一貫斎藤兵衛。若くして井伊家お抱えの職人となった藤兵衛の活躍の場は、故郷の近江だけに留まらなかった。彼は江戸に進出し、近江では出会うことのなかった職人や知識人、権力者との交流を通じてさまざまな文化・発明に触れる。刺激された知的好奇心が向かったのは空だった。オランダ製の天体望遠鏡を目の当たりにした藤兵衛はそれを改良し、故郷に戻って日本初の反射望遠鏡を完成させる。詳細な月の観察記録を残した藤兵衛はなぜ月を見ることにこだわったのか。江戸のダ・ヴィンチと称される発明家の一生を、彼に関わった人々の視点から追いかける歴史小説。
 第一章では、越後村上から藤兵衛に弟子入りした本間平七の視点で、寛政七年から享和三年までのおよそ八年間を描く。鉄砲鍛冶を取り仕切る年寄と、藤兵衛を含めた年寄脇との関係は折からの不況と年寄が起こした横領事件で悪化するなか、発注は年寄を通して行うという慣例が、井伊家による藤兵衛個人への依頼によって破られた。憤慨した年寄連中はこれを幕府に訴え、藤兵衛は当事者として江戸に呼び出されることとなる。
 第二章では、藤兵衛を幼い頃から知っている山田大円の視点で、享和三年から文化元年までのおよそ一年間を追う。裁判を受けながら、膳所藩の御典医であった大円を通じて大名との交流を深めていた藤兵衛に舞い込んだのは、オランダ製の空気銃を修理して欲しいという依頼だった。修理を完遂した藤兵衛は裁判が終わった後も江戸に残り、国産初の空気銃を製作する。
 第三章では、江戸で知識人のサロンを主催していた平田篤胤の視点で、文化四年頃の一年間を描く。江戸を騒がせる天狗小僧寅吉から、天狗が使う鉄砲が火薬を使わず空気の力で弾を飛ばすと聞いた篤胤はそれが空気銃と似ていることに気がつき、藤兵衛の意見を求めた。篤胤のサロンに参加するようになった藤兵衛がもっとも興味を持ったのは、寅吉が語る月の話だった。
 第四章では、藤兵衛の弟である久兵衛の視点で、文化五年に帰国してからの藤兵衛を描く。藤兵衛は村の筆頭としてさまざまな仕事をこなしながら反射望遠鏡を完成させ、月の観察を続けていたが、村を飢饉が襲う。藤兵衛はまだ改良の余地があることを悔しく思いながら、望遠鏡を手放す。

中山誉 濱矢真広

(大学院)文芸領域

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