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偶然と必然について考えるノンフィクション制作

ある⾳楽家の⾃主制作レコードの⾏⽅を題材に

(大学院)文芸領域 伊藤隆剛 (伊藤隆剛)

<作品名>
⼭下達郎が「発⾒」された夏——1973 年、⼀枚のレコードをめぐって

これは偶然か、それとも必然か。そう考えざるを得ない事象が、私たちの⾝のまわりには数多く存在する。なかでも⼈の⼼を動かすのは〈必然としか思えない幸せな偶然〉である。「あのとき、あの⼈に出会っていなければ……」、「あのとき、あの本を読んでいなければ……」、「あのとき、あの場所に⾏っていなければ……」など、我が⾝に起こったことを思い返し、さまざまな「たられば」をシミュレーションし、「やはりあれは必然だったんだ」と結論づける。そのような経験が誰にでもあるのではないかと想像する。
この制作物では〈必然としか思えない幸せな偶然〉のモデルケースとして、ひとりの⾳楽家が世に出るまでの過程を取り上げる。その⾳楽家とは、シンガー・ソングライターの⼭下達郎である。⼭下は 19 歳のときに友⼈たちと⾃主制作レコード『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を録⾳。それがのちに彼の師匠的存在となる⼤瀧詠⼀の⽿にとまり、⼭下達郎は多くの⼈に「発⾒」される。制作物のタイトルは『⼭下達郎が「発⾒」された夏——1973 年、⼀枚のレコードをめぐって』とした 。⼀枚のレコードをめぐるそんな幸せな偶然の連鎖を、関係者への取材と過去の⽂献から明らかにするノンフィクションである。
『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を介した⼭下達郎と⼤瀧詠⼀の出会いは、両者の熱⼼なファンの間ではすでによく知られた史実だ。1973 年の初夏、東京・⾼円寺のロック喫茶「ムーヴィン」で流れていた『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を⼤瀧詠⼀の弟⼦筋にあたる伊藤銀次と駒沢裕城が聴き、⼤瀧に知らせたというのが定説となっている。しかしその定説には事実と異なる、あるいは広く知られていない出来事がいくつか含まれていることが独⾃の調査から⾒えてきた。52 年前のある夏の⽇、「ムーヴィン」でいったい何が起きたのか、どのような経緯で⼭下達郎は世に出て⾳楽家としてのキャリアを歩み始めたのか。そして、多くのファンが〈必然としか思えない幸せな偶然〉と考える両者の出会いの過程には、どのような⼈々が関わっていたのか……。
2025 年にデビュー50 周年を迎えた⼭下は、現在も精⼒的に⾳楽活動を継続している。シーズン中には街中で「クリスマス・イブ」が流れる。しかし、そんな現実も「ムーヴィン」での⼀⽇がなければまるで別の世界線をたどっていたに違いない。このノンフィクションが、そういった「偶然と必然」の不思議̶̶私たちの⼈⽣がいかに多くの可能性に彩られているかに思いを馳せるきっかけとなることを期待している。

伊藤隆剛 伊藤隆剛

(大学院)文芸領域

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