東西狂言 華の競演

6月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

 企画の予告の前に、まずは茂山千作先生のご逝去にあたり、心よりご冥福をお祈りいたします。舞台を拝見したり、楽屋や会合でお目にかかることはありましたが、京都芸術劇場にご出演していただく企画を立てるには、やはり遅すぎたようです。しかし、ご子息の世代の千五郎、七五三師、お孫さんの世代の宗彦・逸平君たちは、機会のあるごとにご出演をお願いしていますから、千作先生の「教え」は、活きて舞台に見えているはずです。
 記憶違いでなければ、千作先生が一番愛着をお持ちの曲は「三番叟」だと伺いました。数年前に、「春秋座狂言立会い」として、東は野村家の和泉流「三番叟」を萬斎君に、西は茂山家の「三番三」を逸平君に踏んでもらい、極めてスリリングで圧倒的な舞台の対決となりました。
 今回7月12日の『東西狂言 華の競演』では、そのような「立ち合い」をする代わりに、両家が入り混じって競演をするという形を取りました。演目は『髭櫓』で、主人公の「大髭」を萬斎君に、それを抜こうとする「女房」を逸平君にお願いし、「女房」の率いる女性軍団を茂山家で、地謡を野村家で、という配役です。春秋座の歌舞伎舞台一杯に、この狂言ならではの、物々しい家庭紛争劇が展開する光景が見ものです。
 上演の冒頭には、茂山千五郎師による『止動方角(しどうほうがく)』が、狂言の持つ、一種の不条理劇のような面を十分に見せてくれるでしょうし、続いては、人間国宝の野村万作師の得意とされる『奈須与市語(なすのよいちのかたり)』によって、狂言のもつ「語りの芸」の真髄に接していただきます。
 『髭櫓』でも分かることですが、狂言でも、音楽劇的な要素は重要であり、優れた演奏家を得ないと、狂言も引き立ちません。今回も、春秋座能狂言で、すっかりお馴染みになり、5月24日の「世阿弥生誕650周年記念」として催した観世宗家清和師の『翁』でも見事な演奏を聞かせてくださった、藤田六郎兵衛、大倉源次郎、亀井広忠、前川光範の方々が、「素囃子」によって、能の器楽的要素の魅力を十分に聞かせてくださることでしょう。
 時間の許す範囲で、終演後、萬斎君と逸平君とのトークを、渡邊が司会をして行う予定です。
 他所ではなかなか見られない企画を立てるように心がけていますし、五月の観世宗家による「歌舞伎舞台の『翁』」は、その実験的な局面が、作品の強さ、魅力となって立ち現れたことには、多くの方々が感動されたはずです。今後とも、「伝統を越境する」ような、しかも単なる思い付きやコケ脅かしではない企画を続けて生きたいと努力いたしますので、皆様におかれましても宜しくご支援・ご鞭撻のほどを、改めてお願い申し上げます。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)                                                  

不思議なご縁

5月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

春秋座では7月6日(土)、7日(日)にオペラ「蝶々夫人」を上演しますが、6日に蝶々夫人を演じる川越塔子さん「夕鶴」(2010年)、「ラ・ボエーム」(2011年)に続いて3度目の出演になります。東大の法学部を卒業してから、武蔵野音楽大学に入り直し、オペラ歌手になった珍しい経歴を持った方です。私が初めてお会いしたのは「夕鶴」の宣伝のため京都に来ていただいた時でした。大変気さくな方で初対面でも話が弾みました。
「法学部にいた時、仲間と食事をしていると『激辛のカレーライスを注文したものの、とても食べられない代物の場合、払い戻しが効くかどうか?』と1時間以上も激論を交わすんですよ。とても、私に向いている世界とは思えませんでした」
イタリアに留学していた頃の話、好きな食べ物の話、とても面白い話ばかりでした。
「ご出身は?」と訊くと「宮崎です」とのこと。
私はふと「もしかしたら?」と思いました。30年前、私は宮崎でオペラの演出を2年続けてやったので、宮崎オペラ協会と川越さんの接点を訊く気になったのです。
「高校を卒業して東京に出てしまったので、オペラ協会とは関係ありません」
「それはそうだよな」と少しがっかりしていると、「でも、会長とは接点があります」
「えっ?見山靖代さんをご存知なんですか?」見山さんは私に演出依頼をしてくれた方で今でも親しくさせていただいていたのです。
「ええ、ご主人が高校時代の先生でした。コーラス部で大変お世話になりました」
不思議なご縁に、私はびっくりしました。もちろん、見山さんからは、川越さんのことは何も聞いていませんでした。
早速、見山さんに電話するとあちらも大喜びで「不思議なご縁ですね。必ず夫婦で見に行きます」と言ってくれました。考えてみれば私が宮嵜で演出した時、川越さんは小学校に入ったばかりでしたから、オペラとは全く関係が無かったわけです。
見山さんご夫婦は「夕鶴」に続き「ラ・ボエーム」も見に来てくださいました。
川越さんもその後、「高野聖」や「天守物語」(再演)、「セヴィリアの理髪師」などで主役を演じ、今や藤原歌劇団のドル箱となっています。
今度の「蝶々夫人」は川越さんにとっても大きな挑戦です。ご縁がさらに深まるような画期的な公演にしたいと思っています。見山さんご夫婦もまた駆けつけてくださることでしょう。皆様とも新しいご縁が出来れば幸せです。

橘 市郎
(舞台芸術研究センター プロデューサー)

世阿弥生誕650年、観阿弥生誕680年記念

4月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

 今年は、能の大成者である世阿弥の生誕650年にあたり、また奇しくもその父観阿弥の生誕680年記念に当たります。半世紀前の1963年に、当時盛りの花であった故観世寿夫氏らと、世阿弥生誕600年祭の行事に参加したものとしては、この50年の間に能楽界に起きた変化に改めて驚かされると共に、自分自身と能の世界との関係の多様化に、一つの時代が終わったことを痛感させられます。

そもそも、600年祭の折には、私は東京大学の助手になったばかりの30歳でしたから、半世紀先のことなど、予想もつきませんでした。香西精先生が、大和の補巌寺で永代供養帳に「寿椿」の名を見出し、それが世阿弥の妻の名であることから、ここが世阿弥の菩提寺であることを立証し、すでに廃寺にはなっていましたが、臨済宗の導師をお招きして、お供養をしたこと、臨済禅の典礼が見事に音楽的で、「義満はこういう音楽的に華麗な典礼が好きだったのですよ」と、香西先生が説明なさったことなど、昨日のことのように思い出されます。観世寿夫のお蔭で、というか、観世寿夫が、あまりの若さで亡くなってしまったために、演能の現場と「能の記憶」とを、最も鋭く深く繋ぐテクストとして、世阿弥の『伝書』は、私にとって欠かすことの出来ないものとなったのでした。

 半世紀後の現在、幸い京都芸術劇場では、観世銕之丞師と銕之丞家、片山九郎右衛門師と京観世の方々、人間国宝野村万作師と人気絶頂の萬斎師を中心とした和泉流と、新進気鋭の茂山逸平師のエネルギーが巻き込んでいてくれている茂山家の長老方、加えて、笛の藤田六郎兵衛師、小鼓の大倉源次郎師、大鼓の亀井広忠師らを中心とする、目下、「真の花」を咲かせ続けている囃子方の方々といった、これは手前味噌ではなく、他所ではなかなか出会うことの出来ない出演者で、優れた舞台を作り出すことが出来ているのも、観阿弥・世阿弥から観世寿夫に到る名人上手の「花の力」が寄り添ってくれているものと、有難く思っているのは私だけではないはずです。

今回の「観阿弥生誕680年・世阿弥生誕650年記念能」は、観世宗家の当代清和師に、春秋座の歌舞伎舞台を活かした『翁』を舞っていただきます。50年前には想像もつかなかった企画ですが、舞台芸術である以上、能も「活きもの」ですから、敢えてこの実験を引き受けてくださった観世宗家には、京都芸術劇場関係者一同、深く感謝申し上げる次第であります。

研究史的には、いまだ不明なところの多い『翁』ですが、最新研究に基づくパネル・ディスカッションを、天野文雄先生(大阪大学名誉教授・文化庁関西分室長)と松岡心平先生(東京大学大学院教授)にお願いする予定です。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)

社会普及系前期のプログラム

2月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線 

年が明けたと思っていたら、あっという間に2月になってしまいました。

今回は、4月~7月に行われる、社会普及系プログラムの見所をざっとご紹介したいと思います。

まず、4月20日(土)に行われるのが、「寺内タケシとブルージーンズ コンサート」。

寺内さんはエレキ・ギターの神様と言われ、日本のポップス界を語る上で忘れられない人です。日劇ウエスタン・カーニバルでは常にリーダー役を務め、タイガース、ワイルドワンズ、スパイダース、ブルーコメッツなどのG・Sブームを巻き起こしました。

ベンチャーズとの共演も話題を呼び、寺内さんを見て、聴いて育ったエレキ・ギター少年は少なくありません。しかし、彼の母が三味線の名手だったことから、「日本の音」に対する感性も素晴らしいものを持っています。今回の第1部「エレキ・ギターで綴る日本歌謡史」では、寺内さんが演歌の名曲をエレキ・ギターで奏でます。きっと泣かされることでしょう。第2部では、これぞエレキ・ギターという十八番を聴いていただきます。寺内さんのエレキ・サウンドは迫力がありながら美しい音色で知られています。73歳の名人芸をお楽しみください。

続いて、5月18日(土)には世界中で演奏会をしている、和太鼓チーム「鼓童」が登場します。佐渡ヶ島で猛練習をし、身体を鍛えている彼らに、また新しい味方が現れました。

人間国宝である坂東玉三郎さんが芸術監督として参画したのです。卓越したテクニックを如何にショーアップして見せるか?その工夫がさらにステージを盛り上げることに成功しました。日頃のストレスなど吹っ飛んでしまうこと請け合いです。和太鼓と春秋座は相性がいいと言われていますので、最高の舞台を提供できるものと思っています。

7月6日(土)と7日(日)は恒例の春秋座オペラが行われます。『1万円未満で感動するオペラ』をスローガンに「夕鶴」、「ラ・ボエーム」、「月の影‐源治物語より」に続いて今年は「蝶々夫人」です。プッチーニの名作が今回も春秋座独特の舞台空間を生かした演出で登場します。牧村邦彦の指揮、井原広樹の演出に加え、笹岡隆甫のいけばなも注目です。

さらにスーパーバイザーとして飛鳥峯王も参画、アイディアいっぱいの舞台となります。

また、蝶々夫人には、春秋座3度目の川越塔子、初お目見えの江口二美。ピンカートンには今話題の大澤一彰と笛田博昭。そのほかのキャストも、今が旬の名歌手たちが大挙出演してくれます。年々そのクオリティーが認められ、お客様も増えてきている春秋座オペラにぜひご来場ください。 

橘市郎
(舞台芸術研究センター プロデューサー)

2013年年京都芸術劇場――新しい《ステージ》を目指して!

1月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

 京都芸術劇場・舞台芸術研究センター関係者一同になりかわり、新春の御慶を申し上げます。今年も昨年以上に,ご期待の添えるような企画・演目を御覧頂けるよう、一同「初心」を忘れずに頑張る覚悟でございますので、宜しくお引き立てのほどをお願い申し上げます。
 さて、2013年は、能の大成者世阿弥の生誕六百五十年記念の年に当たりますので、能狂言の企画に、従来以上の力を入れる予定です。
 まず2月2日(土)には、既に「春秋座-能と狂言-」においておなじみの観世銕之丞氏のシテで、京都に縁の深い『融』によって、「六条河原院」の廃墟を舞台に展開される、世阿弥の代表作の一つに数えられる宇宙的な広がりをもつ《風流(ふりゅう)》によって、世阿弥の「詩劇」に浸って頂くと共に、野村万作・萬斎両氏による『磁石』によって、「騙そうとする者が、反対に騙される」喜劇の典型を見て頂きます。
 「春秋座-能と狂言-」は,幸いにも、能狂言の最も「生きのよい」演者のご出演を得ていますが、この際、強調しておきたいのは、能は「音楽劇」であり、地謡は言うまでもありませんが、囃子方が良くなければ、良い舞台は成立しません。この点でも、幸い、笛の藤田流宗家六郎兵衛氏、小鼓大倉流宗家源次郎氏、大鼓葛野流の最も優れた若手演奏家である広忠氏を常連としてお迎えしていますから、音楽劇としての能の、現在望みうる最高のメンバーによる演能が可能になっています。暮にも、広忠君の主催する会で、このメンバーに片山九郎右衛門氏の『道成寺』を見ましたが、近年の最高の出来であったことを申し添えます。
 その広忠君の会では、観世宗家の清和氏が、「老女物」の大曲『鸚鵡小町』に挑まれて、位の高い舞台を見せて下さいましたが、5月24日(金)には、観世宗家清和氏に、世阿弥生誕六百五十周年記念として、『翁』を舞って頂きます。能の始原的な芸態とも言える『翁』を、春秋座の歌舞伎舞台を活かして舞って頂くのは、はじめての企画ですから、茂山七五三氏の三番叟とともに、ご期待下さい。この日には、ほかに茂山家による狂言一番と,観世銕之丞氏による半能『高砂』が「祝言」の感動を高める事でしょう。
 更に7月12日(金)には、一昨年に萬斎・逸平両君の『三番叟』の競演でご好評を博しました「東西狂言立ち合い」を、東の野村家と西の茂山家の出演という形で行います。主な演目は『髭櫓(ひげやぐら)』で、大髭の夫の髭が嫌だと言って、それを抜こうとする女房と、髭に「櫓」を備え付けて防御しようとする夫との合戦が、女房側の「立ち衆」と、地謡に囃子も入るという大掛かりな展開を見せる作品で、萬斎君の大髭と逸平君の女房の戦いが見物です。他に,人間国宝万作師の得意とされる「那須の語り」によって、狂言の「語りの芸」としての面を、堪能して頂きます。
 来年度という事で言えば、2014年2月には、恒例「春秋座-能と狂言-」を、能『船弁慶』と狂言『棒縛り』といった初心者にも分かり易い演目で催す予定になっております。
 なお、これはセンター企画ではありませんが、本学舞台芸術学科の卒業生でもある井上安寿子君——観世銕之丞師と京舞の井上八千代先生の令嬢——の「第一回舞踊公演」が、来る2月9日(土)に、春秋座で催されます。本学卒業生が京都芸術劇場の舞台に立つ事は、学科としてもセンターとしても応援したい事業であり、今後も、「大学における劇場」の意味付けの上でも、よいきっかけになる事と考え、ここに併せてお知らせ致します。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)

12月16日は総選挙投票日です

12月 01日, 2012年
カテゴリー : プロデューサー目線 

 滋賀県の嘉田知事がいよいよ立ち上がりましたね。世論を二分する原発問題に関わることなので良かったと思います。私のような職業の者はどうしても言うだけの立場になってしまいます。あれだけの事故がありながら、危機感が薄められていく状態を心配していただけに、良くぞやってくれたというのが正直な気持ちです。この問題は、日本人として一人一人が真剣に考えなくてはいけないものなのに、何時しか物言うことさえしなくなってしまうことが最悪なパターンなのです。坂本龍一さんが言うように「何時までも言い続けること」が大切です。ほとんどの人が「脱原発」を願っているのに、そうならないのはそれぞれの立場の利害があるからでしょう。でも、かつてアメリカで行われたニューディール政策のように、クリーンなエネルギーを実現する為の投資を国が大胆にして、それに関わる仕事から雇用を産み出せば、前向きな展開が可能になると思うのですが、素人考えでしょうか。戦後の復興、オリンピック開催に合わせた新幹線、高速道路の実現、これと同じように「クリーン・エネルギー開発」というプロジェクトが成功するか否かは政府がはっきりと方針を打ち出すかどうかにかかっています。日本人はいい目標に対しては絶大な成果を上げてきました。人にとって幸福とは何か、贅沢で便利なことが最も大切なのかどうか、じっくり考えたいと思います。

 11月23日、春秋座で行われたミュージカル「ファンタスティックス」は、そういった意味でも示唆に富んだ作品でした。わずか3.6m×1.8mのプラットホームとその4隅に立つポールだけのセット。ごく普通のカジュアルな衣装。演奏はピアノとハープだけの生演奏。出演者は8名。「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」などのミュージカルに較べたら、いかにもエコノミーなものでした。しかし、よく練られたしゃれた脚本、シンプルで親しみやすい音楽、息のあった達者な出演者などによって、普遍的な愛の寓話が感動的に伝わってきました。カーテンコールでの宝田明さんの軽妙洒脱なしゃべりと相まって、ほぼ満員の客席は総立ちで拍手を送っていました。やはり、演劇はお客様が感動してくれたかどうかが肝心なところで、お金がかかっているかどうかは二の次だと実感しました。人の幸せもお金ではなく、充実した人生とは安心と絆ではないかと、当たり前のことを再考させてくれたのです。
 みなさん、12月16日の投票日をお忘れなく。これほど大事な選挙に棄権したら、何も言う権利はありません。マスコミや調子のいい政治家に惑わされることなく、自分自身でじっくり考えて投票しましょう。こんな大切な選挙で投票率が60パーセントを割ったらそれこそ日本の恥です。今は投票日前でも投票は可能です。日曜日に本番を抱えている人もぜひ清き1票を!

橘市郎
(舞台芸術研究センター プロデューサー)

インバル・ピント&アヴァシャロム・ポラック“50分間の子供心”

11月 01日, 2012年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

11月のお奨めは、なんといっても《インバル・ピント&アヴァシャロム・ポラック ダンス・カンパニー》の『ゴールドフィッシュ〔金魚〕』です!

4人のダンサー・コメディアンが、クローゼットを舞台に、子供の夢と幻想を、音楽とダンスで展開する50分です。ヨーロッパの芸能の記憶のなかでは、チャップリンの演技に代表されるような「寄席の芸」を思い出させるものですが、何気ない仕草一つにも、見事に訓練されたダンスの身体が活かされて、お子さんたちが喜ぶこと、請け合いです。
しかも、「子供向け」と称する、それこそ「子供だまし」のショーとは違って、大人が見ても、どこかに潜んでいる子供心が開かれて、この魔法の空間に入り込み、お子さんと一緒に「50分間の子供心」を楽しむことが出来るように作られています。是非、ママと、あるいはパパともご一緒に、日常世界の中に開ける「子供の空想の世界」に、お子さんたちを遊ばせて上げましょう!
子供と同じ空想の世界を共有して楽しむと言うような機会が少なくなっている今日この頃、是非是非、京都芸術劇場 春秋座の空間で、インバル・ピントの「種も仕掛けもない」、それでいてとてもスリリングで楽しい「ダンスと音楽」に酔ってください。なお、インバル・ピントの舞台が京都で紹介されるのは今回が初めてで、日本・イスラエル国交60周年記念行事として行われます。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)

尊敬される国に

10月 01日, 2012年
カテゴリー : プロデューサー目線 

 尖閣諸島に台湾の魚船が接近した時、海上保安庁の巡視船が放水で警告をしたり、漁船と漁船の間をすり抜けて牽制したのを見て、ほっとしたのは私だけでしょうか。
 これが、威嚇射撃をしたり、船に体当たりしたらどうなったか、考えるだけでもぞっとします。「何としても領海を侵犯させるな」「領土を守るためには軍事力を強化するしかない」といった声を聞く度に、私は「危ないなあ」と思うのです。
 第2次世界大戦が終了したのが1945年、それから67年が経ちました。「のど元過ぎれば暑さ忘れる」ではありませんが、あの時日本人は「もう2度と戦争はごめん」と思ったものです。「再軍備反対」というのもほとんどの人の声でした。それほど戦争の悲惨さは凄まじいものでした。「血を流さずに国を守れるか!」と叫ぶ人がいますが、日本人は既におびただしい血を流し、尊い命を失ったのです。さらに最初で唯一の被爆国でもありました。
 日本人はそうした人たちの犠牲を背負い復興を果たしてきました。日本人だけではありません。戦争に巻き込まれて亡くなった全ての人たちに向かって世界平和を誓ったのです。
 67年間平和が保たれたのは、こうして謙虚に世界に接してきたお陰だと思います。
 「日本は2度と戦争をしない国である」、「自衛隊はあっても軍事力に頼ることはないだろう」という安心感が世界中に伝わっていました。人間は自分に危害を加える心配のないもの、つまり牙をむき出しにしないものに対してはやさしいものです。「日本の安全を保つには、日本も核を持つしかない」などという考えは自殺行為です。唯一の被爆国だからこそ、核を持たない勇気を示さねばなりません。
 1890年、和歌山県串本沖で遭難したトルコの軍艦エルトゥールル号の乗員を一生懸命救助しようとした日本人の行為が、今もトルコの人々を親日派にしているように、他の国から尊敬されること、愛されることが一番国を守ることになると思います。
 それでなくとも「阪神、東北と2度の震災を経験した日本人がパニックによって暴動を起こしたりせず冷静に行動した」、「オリンピックなどの国際競技で日本人は常にフェアプレイに徹している」、「日本人は、大多数が脱原発を目標として、自然再生エネルギーを考え、地球温暖化を防ごうとしている」などと高く評価されているのです。
 もはや、軍事力で世界の平和が保てる時代ではありません。「尊敬される国」になることが日本にとっての防衛力であり、それを日本が先頭に立って実行していくことが大切なのではないでしょうか?世界平和を実現するには、やはりバランス感覚を持った教育が大切ですね。日本も135年前には西南戦争という内戦をしていたのです。地球上に戦争が無くなるのも夢ではありません。「歴史は繰り返えされる」という言葉が21世紀には覆されることを願っています。

橘市郎
(舞台芸術研究センター プロデューサー)

京都芸術劇場10月・11月公演予告

9月 01日, 2012年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

 10月、11月は、二つの特異な企画で開幕します。まずは、「ダムタイプ」のメンバーで、国際的な活動で知られる電子音楽作曲家/アーティストである池田亮司氏の”datamatics〔ver.2.0〕” の春秋座公演です。「現代社会に広がる不可視なデータを知覚化すること」がテーマで、様々な形式(音と映像を用いたコンサート/インスタレーション/出版物/CD)で作品化されるものです。2006年3 月に初演された前作に、新たに第2部を加え、大きくヴァージョンアップした、最終ヴァージョンです。リアルタイムのプログラム計算とデータ・スキャニングを用いることで、前作より、さらに抽象性の高いシークエンスを作り出す、とされています。

 その活動の国際性は、KEXの予告パンフレットにも詳しいですが、そこでも繰り返し強調されているように、「強いストロボと重低音・高周波を使用する」ので、未就学児は入場不可ですし、また心臓の弱い方、ペースメーカーをお使いの方は、入場をご遠慮いただくことになっています。私自身、かつてパリで、「ダムタイプ」の公演を、浅田彰氏に誘われて、パリ郊外の文化会館まで見に行った経験がありますが、そのとき浅田さんから、サングラスと耳栓をお忘れなく、と言われて、実際に舞台を見るまでは、意味がよく分からなかったのですが、ダムタイプの公演の空間に身をおくと、それが誇張でも冗談でもないことが良く分かり、衝撃的な経験をすることが出来ましたから、敢えてここに書いておきます。

 それとは対照的なのが、イスラエルのダンス・カンパニーである「インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニー」でしょう。イスラエル・日本国交樹立60周年を記念して来日しているカンパニーで、演目は『Gold Fish/ゴールドフィッシュ』。この演目は、子供向きに作られているので、是非お子さんたちに見ていただきたいと思いますが、大人が見ても、心温まる作品です。インバルは、はじめバットシェバ舞踊団で、ダンサーとして活躍するとともに、グラフィック・デザインを学ぶという経歴を持つアーティストですが、俳優・演出家として映画や舞台で活躍していたアヴシャロムとコンビを組んで、見る者を幸せな気持ちにさせずにはおかない、魔法の舞台を作ってきました。イスラエル本国のみならず、世界の様々な国のフェスティヴァルに参加し、数々の賞を獲得していることからも、その舞台の質の高さは想像できるでしょう。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)

襲名披露公演での市川右近さん

8月 01日, 2012年
カテゴリー : プロデューサー目線 

平成24年6月5日、新橋演舞場では2代目市川猿翁、4代目市川猿之助、9代目市川中車、5代目市川團子同時襲名披露公演の初日が開きました。

4人もの襲名披露が同時に行われるのは大変珍しいことです。猿翁から見ると、4代目猿之助は甥であり、9代目中車は息子、5代目團子は孫になるので、この襲名にはいろいろなドラマがありました。そのためマスコミが大挙して押し寄せ、満員の客席はいっそう熱を帯びていました。著名人の顔も随所に見え、これほど華やかな初日はかつてなかったのではないかと思うほどでした。

猿翁は昼の部の口上にも、夜の部のカーテンコールにも登場。満場のお客様は立ち上がり、そのサプライズに大声援を送っていました。我々関係者でさえ、無理ではないかと思っていたことを見事に実現させた猿翁の役者魂には、思わず涙が溢れてきて止まりませんでした。襲名というのは命の継承であり、1代では果たせないことを、何代もかけて実現していくことなんだと改めて実感しました。

そして、幕が開いてからは、新猿之助も新中車も新團子もそれぞれの持ち味を生かして見事な舞台を見せてくれました。また、当事者である4人を全力で支えるほかの役者たちの熱演にも心を打たれました。殊に、市川右近さんの吹っ切れた、爽やかな演技が目を引きました。猿翁が病に倒れた後、一門のリーダーとして全体をまとめ、ことごとく代役を務めてきた右近さんのプレッシャーは大変だったと思います。今回の襲名にしても右近さんとしては複雑なものがあったはずです。しかし、右近さんの舞台姿はそういうことを一笑に付す清清しさがありました。まるで、自分の置かれた立場を運命と割り切り、これからこそが自分の本当の役者人生と胸を張っているように見えました。

「ヤマトタケル」でのタケヒコ役は、文字通りヤマトタケルを最後まで支える好漢ですが、その奥行きのある演技は秀逸でした。

この市川右近さんを座長とする松竹大歌舞伎が9月6日春秋座で行われることになりました。他に市川笑也、市川門之助、市川笑三郎、市川猿弥らが出演し、「熊谷陣屋」、「女伊達」を上演します。右近さんを中心とした息のあった一門の歌舞伎をぜひご覧ください。

今回のメンバーは春秋座を知り尽くした人たちばかりです。ご来場の折には、劇場入り口に掲げられた、4代目猿之助さん揮毫の、「座秋春」という扁額にもぜひご注目いただきたいと思います。

橘市郎
(舞台芸術研究センター プロデューサー)

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