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インタビュー

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2019年3月29日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.04

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ゼミ通ヒーローズ Vol.04

石倉凛太郎と脱出ゲームについて語るの巻

 

今回のゼミ通ヒーローズは、

ゲームゼミ2年生のリーダーである石倉凛太郎さん(鹿児島工業高等専門学校出身)のインタビューをお届けします。

2年生ゼミの成果物である「脱出ゲーム」の制作を通して感じた事・学んだことについて聞いていこうと思います。

 

石倉1

石倉凛太郎さん

 

 

 

石倉 (以下、鹿児島訛りでお読み下さい)よろしくおねがいします。なんか緊張しますね。

 

 

村上 いや、いつもの感じで全然いいよ。というわけで、唐突だけどなんでこの大学に来たの?

 

 

石倉 僕は元々高専(高等専門学校)の出身でして、そこは5年通って卒業後にはエンジニアになれるようなそんなところでした。

モノを作るのが好きで、 小学生の頃の夢はタカラトミーで働くことでした。

でも行き方が分からなくてどうしようかと思っていたら、父から高専を勧められて、 調べてみたら「面白そう!」ってなって行くことになりました。

子供の頃って特殊な環境にすごく憧れるじゃないですか。

ただ、何となく面白そうというだけの見切り発車で入学しちゃったんで、勉強がなかなか大変で…。進級するにしても赤点が59点なものだからハードルが高くて。

ここは数学が必修で、これを落とすと落第になるんです。40人クラスのうち10人くらいは必ず進級不可になって、

でも上の学年から落ちてきた10人が入ってくるから常に40人をキープするという謎の一期一会がありました(笑)。

 

 

村上 出だしは工業系だったんだ。

 

 

石倉 基盤を作ったり工業製品を作ったりしてるときに、自分がやりたい事ってこれだったのかなぁと悩んでいたら、オタク文化にぶつかったんです。

自分は中学生になるまでマンガも「ワンピース」しか知らなかったんですけど、色んなオタク文化を知ってから驚いてしまって、

そこから基盤作りよりもそっち(ソフトウェア)の方に興味が出て進路を変更することにしました。

せっかく高専に入れたけど、5年の課程のうち3年で中退させてもらって、大検をとって京都造形のAO入試を受けました。

もしこの大学の入試に落ちてたら僕の学歴は中卒になるところでした(笑)。

大学受験に関しては親に2年間交渉してやっとOKがもらえました。

 

 

村上 交渉しなきゃいけないような状況だったの?サブカルチャーが理解されなかったとか?

 

 

石倉 いえ、単に一度決めた進路を変えるというのはいかがなものかと。厳しい高専から逃げただけだと思われたみたいなんですけど、

どうしても工業製品の製造よりもソフト開発の方に興味が出てきたので。

 

 

村上 なるほど。実際に入ってみてどうだった?

 

 

石倉 ギャップはありました。高専でやっていた数学が大学の数学の授業で、大学に入ったら数学がないんですよね。

あの勉強は一体何だったんだ!?てなりましたよ。

 

 

村上 勉強が役に立つと感じるには時間がかかるから今は戸惑うだろうね。で、ゲームに興味を持ったのはいつから?

 

 

石倉 うちは親がゲームに対してとても悪いイメージを持っていたんですけど、

NHKのプロフェッショナルでレベルファイブの日野社長のドキュメンタリーを見てからゲームの印象が変わったみたいで、

親から「二ノ国」を買ってもらいました。そこからゲームにのめり込みましたね。

 

 

村上 入口はデジタルゲームだけど、実際にゲームゼミに入るとアナログゲームを作る機会の方が多いよね。

2年生は後期いっぱいをかけて「脱出ゲーム」を作ったけど、やってみてどうだった?

 

 

石倉 終わった後だから言えることだと思うんですけど、率直にめちゃくちゃ楽しかったです。

そこではゼミのリーダーをやらせてもらっていて大変でしたけど。

1年生の時はねぶた制作(1年生全員参加のワークショップ)のリーダーをやらないかと言われて、その時は断ったんですよ。

なんか大変そうだなと思って逃げてしまったんですね。でもねぶたが終わった後にすごく後悔して、ゲームゼミではリーダーをやらせてもらいました。

色々やらせてもらいましたけど、やはり自分の実力不足を思い知って…

 

 

村上 何に対して実力不足を感じた?

 

 

石倉 危機感ですかね。スケジュールは最後の土壇場で何とかなったんです。

毎日夜7時からゼミメンバーとスカイプで会議をして最終的な形にすることができたんですけど、

それでもそれを最初の段階から出来ていなかったというのは、「こういう時間の使い方をするとこうなる」ということがイメージできていなかったからだと思うんですね。

何か失敗をしていたら「こうしなければならない」というのが分かるじゃないですか。

でも初めての時ってそれが分からないから危機感を抱く事もなく制作の終盤で焦ることになった、というのが一番の反省点です。

 

 

村上 それでもなんとか完成にも漕ぎつけて、ゲームのレベルデザインとしては過去最高に良く出来ていたなと感じたけど、ここで今回の脱出ゲームの見どころを紹介してもらおうかな。

 

 

石倉 ゾンビを研究しているある研究所にお客さんを閉じ込めて、そこから60分という制限時間内に研究資料だったり落ちてるモノだったり、

時にゾンビすら利用してこの部屋から脱出しなさい、というゲームです。

 

 

村上 そこからどんな体験を提供しようと思った?

 

 

石倉 やはり脱出ゲームなので制限時間が迫ることへのハラハラドキドキとか、

それでいてゾンビが登場するようなシュールな場面もあったりして、その感情の温度差を作り出したかったです。

モノと謎とストーリーが組み合わさるのは当然なんですけど、それにプラスしてキャラクターがいたという点が面白かったですね。

これらが一体化して雰囲気作りがうまくいったと感じています。

石倉2

脱出ゲームの制作現場で指示を出す石倉さん。(右から2番目)

 

 

 

村上 巷ではスクラップさんの「リアル脱出ゲーム」がものすごく流行ってるけど、そもそもどうして人は「脱出」というものに惹かれるんだろう?

 

 

石倉 確かに、「入室」より「脱出」の方が燃えますもんね。村上先生も授業で仰ってたように、「入室ゲーム」だと「別に入らなくてもいいじゃん」てなりますけど、

監禁してネガティブな状況を作ると「脱出せざるを得ない」となるので、必死になって逃げだす為に仲間と協力するという状況が生まれるじゃないですか。

その非現実的な脱出のシチュエーション自体に魅力を感じるんだと思います。

石倉3

学生に混じって脱出ゲームに挑戦する石鍋先生(笑)

 

村上 ちなみに、去年先輩が作った脱出ゲームに挑戦してみてどうだった?

 

 

石倉 僕は脱出できなくて…チームを組んだ石鍋先生(プロデュース領域の先生)と一緒に死にました(笑)。

でも単純に「これ、タダで遊べるんだ」と思いました。

挑戦する前は文化祭感覚のようなものかと思ってナメてたんですけど、まさかあんなに完成度が高くて、

お金をとれるくらいの面白さなのに無料でできるなんて凄いな、て思いました。

 

 

村上 面白さ、とは?

 

 

石倉 クリアできなかった悔しさですね。一番最後の謎までたどり着いて、そこで詰まったんですが、

よくよく思い返せば冒頭の注意事項の説明の中で思い切りヒントを言われてたんですね。

これに後から気づいて自分に対する怒りで悔しくなって、同時になんて面白い仕掛けなんだって思いました。悔しいからもう一度遊んでみたくなるし。

 

 

村上 理不尽だと思わせずに、いかに自分の責任だと感じさせるかが優れたゲームデザインだし、

そう感じられるような伏線をあちこちに張ってあるから、余計に悔しいと感じられるんだろうね。

理由が分からずゲームオーバーになるものは所謂クソゲーだから(笑) で、また今年の話に戻るけど、創る上で苦労したポイントは?

 

 

石倉 やはりスケジューリングですね。あと全体の意思統一というか、どうしても自分が目先のことしかできていなかったから、「誰がまとめるの?」てなって。

先輩方を見てると全体をまとめるのがうまいなと感じるんですけど、自分は全体を見るとどうしてもソワソワしてしまって、結局自分自身が目先の作業に没頭して管理ができなくなるんです…。

 

 

村上 誰しも最初はよくやりがちだけど、とにかくリーダーは作業をしちゃダメ。全体をよく見て仕事を振ることに専念しなきゃね。

 

 

石倉 今回の反省点としてはそこですね…。同時に学べたところもそこですね。

3年でもリーダーを任せていただけるならこれだけはやっておきたいという事があるんですよ。

人前に出るとどうしても「嫌われたくない」と思ってしまって、ズバっとものを言う事ができずに遠慮してしまうところがあるから、

それこそ人に嫌われるくらいの気持ちでやろうとか、嫌われることを目標にしてやってみようみたいな気持ちはあります。

自分が当たり障りのないことを言っているからチーム全体がどうしてもフワフワしてしまうので、

ちゃんとメリハリをつけられる環境づくりが必要なのかなと思います。

 

 

村上 無理に嫌われる必要はないけど(笑)、明確なゴールを決めて、それを実現するための道筋をしっかり考えればやるべきことは見えてくるわけだし、

そうすれば必然的に他人にも自分にも厳しくなる、イコール優しくなれる、ということだから、それでいいんじゃないのかな。

 

 

石倉 うーん、それはそれで難しいですけどね…。でも前期の授業の中でみんなで「缶蹴り」をやったじゃないですか。

あの時はまだ学生同士が名前を覚えていなくて、名前を呼べないからゲームが破たんするという(笑)。

でもあれから急にみんな仲良くなったような気がしますね。

それまでは「単に同じ授業を受けてる人」というだけの関係だったのが、あのあたりから「ゼミの仲間」という意識が芽生え始めたように感じてます。

 

 

村上 色々経験できて、知識も表現力も蓄積されてきたと思うけど、将来の夢は?

 

 

 

石倉 実はまだ明確には固まってなくて…。この会社に行きたいから頑張るという考え方も大事だと思うんですけど、

今はもっと広い視点で色んなものを見ることが大事かなと考えてます。

 

 

村上 ほとんどの人が最初はコンピューターゲームを作りたくてこの学科に入って、でも実際にはカードゲームやら脱出ゲームみたいなアナログゲームを作ることの方が多くて、

そのうちに「ゲーム」じゃなくて「あそび」に対する興味が出てきて、人生の選択肢が増えすぎて余計に混乱してしまうというのが現状かもね。ポジティブな悩みだけど。

 

 

石倉 そうですね。でもその状況でフワフワしてたら何も成果が得られないから、今自分がいる状況の中でやれることをやりたいですね。

プランナーになりたいからプランナーの勉強をするんじゃなくて、自分が制作を通して得たものとか楽しいと感じたものに合う職種を探せばいいかなと考えてます。

なので出来る限り色んな授業を受けて活動の選択肢を増やすということをしています。

 

 

村上 ゴールを目指して頑張るんじゃなくて、今やってることの結果でゴールを見出していく、てことね。それも一つの考え方だし、全然良いと思うよ。

オトナはどうしても先にゴールを決めさせたがるけど、そこは学生の自由なんで、やりたいようにやればいいんじゃない?

 

 

石倉 ですよねー。

 

 

村上 というわけで、今後もぜひ頑張っていって下さい。今日はありがとうございました。

 

 

石倉 ありがとうございました。

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