キャラクターデザイン学科

インタビュー

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2019年3月25日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.03

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ゼミ通ヒーローズ Vol.03

 

西川葵とUXデザインについて語るの巻

                       

今回のゼミ通ヒーローズは、村上ゼミ4年生の西川葵さん(出身:奈良県立橿原高等学校)をピックアップ。卒業制作で「新庄弁カルタ」を発表し、大手IT企業の就職も果たしました。アナログゲームの中にあるゲーム性と、UIデザイン、UXデザインに至るまで幅広く追及し、ゲームを面白くするためのデザインについて話をしていきます。

 

村上 「新庄弁カルタ」が奨励賞を受賞しましたね。まずはおめでとうございます。

 

西川 ありがとうございます。

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村上 では「新庄弁カルタ」の内容を教えてくれる?

 

西川 はい、これは新庄弁という言葉を使って文章を創るコミュニケーションゲームなんですけども、新庄弁を知ってる人も知らない人も遊ぶことができるゲームで、「使うことで知る」「知ってることで使えるようになる」、最終的にはこれが切っ掛けで他人とコミュニケーションをとることができるようになる、というものです。

新庄弁というのは奈良県葛城市新庄地区で話されている局地的な方言で、関西弁とか大和弁を中心にそれが独自に訛って使われたものなんです。この珍しい素材を使って何か面白いことができないかと考えて、方言の書かれたカードの意味を予測しながら言葉を繋げて文章を作るゲームにしました。

 

村上 単に言葉を知るだけだったら辞書みたいなものだけ置いておけば、勝手に勉強して勝手に知るんじゃないの?とも言えるけど、ゲームという形をとったからこそ覚えやすいということ?

 

西川 そうですね。

 

村上 ちなみに、過去の作品でいうと、一昨年は京都をモチーフにした「ミヤコ」、去年は奈良県をモチーフにした「ナラランド」といったボードゲームを制作してきたけど、この二つは割とゲームらしい形態の作品になってたよね。これは郷土愛みたいなものから発想した?

 

西川 自分が知ってるものとか興味のあるものだと、まず単純にそこが舞台になっていると作りやすいというのが動機です。私が個人的に知ってることって、他人に共感してもらいにくいんですね。京都に住んでる人だったら京都のことは分かるはず。新庄弁自体は局地的な物なんですけど、方言である以前に「言葉」であるということで、人は言葉を知ってるはず、というところに注目しました。

特に新庄弁カルタは関西弁がベースなので、分かるようで分からないというような微妙な部分が共感を呼んだんだと思います。で、その「共感できる題材である」という部分から今回の作品の題材に選びました。

 

村上 過去作は?

 

西川 「ミヤコ」の時は、あれは「パズル」「すごろく」「迷路」を組み合わせて作ったゲームになってましたね。それで「ナラランド」は、完全にすごろくでした。新庄弁カルタは、カルタがモチーフになってますね。

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卒業制作展会場で新庄弁カルタに興じるゲームゼミの後輩たち。

 

村上 一般的に「カルタ」っていうと、百人一首みたいに読み札を読んで絵札を奪い合うというイメージがあるけど、語源はポルトガル語の「カード」だから日本にある既存のカルタとは形は違えど意味合い的にはこれで合ってるわけね。

 

西川 地域限定のボードゲームってたくさんあるんですけど、「トトあわせ」とか、ああいうのもカルタと呼ばれてるので問題はないかなと。もちろん既存のカルタとしての遊び方もできるようにしています。

 

村上 トランプと同じで、1パッケージだけど複数の遊び方があると。これはアナログゲームだけど、所謂オーソドックスなトレーディングカードとかバトル系のカードゲームとは違ってかなりの変化球企画になってるよね。今回の作品の「ゲーム性」ってどこにある?

 

西川 やはり「共感性」にあります。コミュニケーションツールを創るというのが私のゲーム創りの一番大きなテーマなんです。人と人、人とモノのコミュニケーションを創りたくて、例えば「人とモノ」でいうと、「新庄弁」ともコミュニケーションをとると思うんですけど、それを介してまた人と人とのコミュニケーションが生まれると思っていて、その連鎖が大きなゲーム性になっていると考えています。

 

村上 コミュニケーションによるゲーム性って一体何?ていうかそもそもなぜ人はコミュニケーションをとろうとするのかな?

 

西川 分かち合うと楽しいからですね。人のことを知ると楽しいとか。知らない人のことを知るとか。知る喜びってあると思うんですけど、コミュニケーションによって他人のことを知る喜び、新庄弁を知るという喜び、そんな喜びがゲーム性に大きく繋がっていると思います。

仲の良い人で、色々知ってる人とコミュニケーションをとる時って、楽しいんですけど時間が経つと目新しさとか刺激はなくなっていくと思うんですよ。でもゲームを介すことで新たな一面を引き出すことができて更に深く知るっていう点が面白いと思います。

 

村上 本学の学生がゲームの勉強をしようとするとスッと頭に入ってくる気がするのね。なぜなら日頃至る所からゲームに関する情報が少しずつ入ってきて、中途半端に知識が蓄積されてる状態だから。じゃあ例えばこれが全然違う国の言葉だったり、生きる上で絶対に話すことがないであろう言語をゼロから暗記して勉強すると、「知ろう」って気になるかどうか。知るという意味では全く同じなんだけど、そのモチベーションは明らかに違うと思うんだよね。

 

西川 このゲームの場合「関西弁」がモチーフになっているので、誰でも一度は聞いたことがある、若しくは使ったことがあるという言葉が多いんです。そんな「何となく知ってる」という「既にある知識」と「新たな知識」が結びつく瞬間に喜びを感じるので、それがモチベーションになっているのだと思います。先生が仰るように、ある程度予備知識があるものとゼロのもので向かい合う際のモチベーションは全く変わってきますね。

 

村上 英語を学ぶにしても、ラテン語が語源になっているものとか、そこから外来語として日本で崩れたものとか、そういう「少し知ってる」と「初めて知る」が結びつくことで知識欲がかなり増幅されるというのも今回のゲーム性になってるね。

 

西川 タイトルの「カルタ」自体がそうですしね。

 

村上 ましてやそれが外国語ではなくて関西弁がベースになってるから余計に分かりやすい。知ってるつもりになってる関西弁があって「多分こういう意味だろう」と思ってカードをめくった時に、それが正解だった場合は自信と安心感が喜びに変わって、逆に全然違う意味だったときには、それはそれで驚きを生むからインパクトと相まって記憶に定着する。中途半端に知ってるものが前提にあるからこそ、どっちに転んでも楽しいと思える。

 

西川 試作品の段階で先生と話してて、「もしこれが英語だったら同じ楽しみが味わえるのか」と指摘されてゲーム性の部分を考えたんですけど、私自身新庄弁のネイティブスピーカーなので感覚が分からないんですね。知らない人に対してどのくらいの分からなさなのかが分からないんです。もしこれが英語のように聞こえてるんだったらヤバいぞと思ったりしました。でも色んな人にプレイしてもらって反応を見ている限り、何となく喜んでいただけているというのが分かったので、これはイケるんじゃないかと。

 

村上 自分も実際にやってみて、知ってる言葉は全体の1/4くらい…だったかな?

 

西川 先生は北海道出身だからそのくらいかも知れないですね。

 

村上 でも言葉の響きや標準語からの崩れ方なんかを想像すると、正解不正解の確率は五分五分くらいだった気がするな。なのでとても良いゲームバランスになってると思ったよ。五分五分だからめくる瞬間にスリルがある。それでめくって「ああ、そうなんだ!」と分かる即時フィードバックが得られてより能動的になれるし。

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新庄弁カルタでの遊び方の用例。意味が全く分からない文章が出来上がって笑いが起こるという場面も。

 

西川 面白い事例としては「えらい」とか。「しんどい」って意味ですけど。

 

村上 名古屋弁でもあるよね。個人的に一番衝撃を受けたのは「かたづく」かな。

 

西川 ああ、「嫁に出す」ですね(笑)。

 

村上 片付けるという扱いなんだーと思って…。あとは「はくせん」も。

 

西川 「くしゃみ」ですね。ハクションという擬音語が崩れて名詞になってるんですね。これも驚いた人が多かったですね。あと、「お日さま」のことを「ひーさん」と、敬って「名詞+さん」にする傾向があるんですよ。

 

村上 太陽だから「サン」ってことじゃないよね(笑)。

 

西川 違います(笑)。この言葉を面白がったお客さんが、珍しい単語を組み合わせてヘンな文章を予め作っておいて、それを友達同士でクイズにしている場面もありました。本来逆の遊び方をするんですけど、勝手にどんどん新しいルールが出来上がっていくという。

 

村上 そうそう。自分が遊んでても楽しいんだけど、今度はそれを誰かにやらせたくなるという副作用があって面白いね。自分の驚きを誰かと共有したくて、人が驚く顔を見てこちらはニヤリ!みたいな。

 

西川 ほとんどの人がそういう風に楽しんでいる感じでしたね。

 

村上 卒展期間中このゲームは常に大勢のお客さんに遊んでもらってたけど、そこまでウケた理由って何だと思う?

 

西川 共感性を呼ぶというゲーム性も大きかったですけど、コンポーネント全体の触りやすさや取っつきやすさもあったかなと思います。これは何の素材で出来てるんですか?と質問をしてきたり「触ってみたい」と言ってくる人もいて、もしこれがコピー用紙に印刷されたものだったらそんな風にはならなかったと思います。

 

村上 素材を紙にするか板にするかで議論した事があったね。板にすると分厚いからコンポーネントがデカくなるという問題があって、でも結果的には触り心地が良いので、板にすることになったね。

 

西川 制作費が10万弱なのでコストがかかりすぎて売り物にはできないですけど、でも「展示物」と割り切って見た目と触り心地重視で作ったので、それが集客に結び付いたのかも知れませんね。販売を目的とするなら間違いなく紙ベースになってました。

 

村上 卒業制作はお金がかかるね…。で、ゲームを創るときに気を付けたことってある?

 

西川 UIデザインですね。まずこれは日本語ですけど全て横字にしました。なぜかというと、縦字にするとカードを並べたときにどんどん奥に行ってしまって読みにくくなるから。友達と並んで遊ぶことを考慮すると横字にした方が圧倒的に見やすいんです。日本語である以上縦読みにすべきとの葛藤があったんですけど、それ以前にこれはゲームなのでリアリティより遊びやすさを優先すべきと判断してこのようなデザインにしました。

 

村上 そういえば最初のバージョンは縦だったね。つまりモノを作ったんじゃなくて、コミュニケーションというコトをデザインしたということね。

 

西川 はい。UX(ユーザー・エクスペリエンス=ユーザー体験)デザインという言葉が少しずつ浸透してきてますけど、ここでもユーザーのストーリーをどうデザインするかという点を最初に考えました。流れとしては、初見でその量の多さに驚いてまず展示台に近づきますよね。そして今度は素材を見て「あ、触りたい!」て思うから触るんですね。触った後は「これ何だ?」となって反対側を見ます。するとそこにも文字が書いてあって、両面に何かがあるということを理解します。そして最後に言葉の意味を理解する。つまり説明をしなくてもそこまでのユーザーのストーリーがデザインできてるんです。

ゲームで遊ばなくても、ひっくり返して見てくれた時点で私の中ではもう大成功なんです。ゲームという形で展示をしているので本来は文章を作って遊ぶというのが大目的になるんですけど、それは実はこの企画の中の副産物でしかないんですね。

 

村上 表向きに設定されてるゴールの手前に作者が仕込んだゴールが実は存在していたと。

 

西川 そうなんです。あと、よく言われるのが新庄弁を継承していこうという最終目的があると思われがちなんですけど、そこまでは求めてないんです。「そんなのあったよね」くらいの感じで、触れて知ったという経験が頭の片隅に残ればこの企画は成功なんです。

 

村上 存在を知ってほしかった、ていう感じかな。では実際にどうやってこのゲームができたのかという制作プロセスを聞かせてくれる?

 

西川 まず作ろうとした理由が、私の曽祖父が新庄弁をよく使う人で、曽祖父が亡くなったら急に周りの人も使わなくなって、世代ごとに使う人が減っていくと、私の言葉も周りに伝わらなくなっていくのではないかという不安からでした。これが気になったので地元の葛城市で市長の許可をいただいて公共の場で新庄弁の使用頻度に関するアンケート調査を行ないました。それで数値を出してみると案の定スピーカーの数が減っていましたね。しかも面白かったのは、認知度はあるけど使用頻度が極端に少ないという点でした。それでアンケートを通して得たこの感覚を何らかの形に残せないかと思ってこの企画を立ててみました。

制作工程としては、まず200個くらいの新庄弁をピックアップしてカードに書いてみました。そしてその裏に標準語の訳を書くというのをやってみたんですが、でもこれを使って何ができるかを考えても何も思い浮かばなかったんです。

暫くこのカードをクルクル回して、友達に見せてみたりしたんですけど、やっぱり何も起こらないんですね。これではゲームにならないので、カードを並べて助詞を足したり点数の概念を盛り込んだりして色んなルールを増やしてゲームの形にしてみました。一見ゲームっぽいものにはなってきたんですけど、じゃあコミュニケーションはとれているのかというと全然できていない。悩んだんですけど、ある時「共感を呼ぶ」という時点で実はゲームと呼べるものになってたことに気が付いたんです。

 

村上 要はゲームシステムの追及に気持ちが入り過ぎてたけど、既に「共感する」というUXがデザインされてるから、これをゲームと定義したらいいじゃないか、と判断したのね。

 

西川 そういうことです。先生とも話し合って、ルールとしての面白さをずっと考えてたんですけど、「果たしてそれって私が本当にやりたいことなのかな」という疑問もわいてきたんですね。カードをクルッと回す時点で私の中ではもう完結してたので、あとはこれを面白いと感じられるように拡張するだけで良いということになりました。最後にこれを形にするのは私の得意分野なので、工房に行って板を切って量産していきました。

 

村上 全ての思考とプロセス、あとはUXデザインに至る工程に筋が通ってるね。

西川は元々京都のボードゲームサークルに入ってたけど、こういうのはそこで得た考え方なのかな。

 

西川 そうですね、そこでアナログゲームの面白さを知りました。実は去年ミヤコを作る前段階でこのカルタの案はあって、先生に相談させてもらったことがありましたよね。その時は曽祖父が生きていたのでそこまでこの企画を重要視していなくて、でもそのすぐ後に亡くなって、スピーカーがいなくなるという危機感から急にこのゲームを作りたくなりました。

 

村上 なるほど。ではこの新庄弁カルタに限らず、西川にとっての「あそび」って何?

 

西川 私はやっぱり「人と遊んで楽しいもの」だと思っていて、ゲームは完全にコミュニケーションツールだと考えてます。一人用のゲームでも会話のネタになりますよね。例えばマインスイーパー(1980年に開発されたコンピュータゲーム)であってもスコアランキングが存在してるので他の人と競い合ってる感じがしますし。逆に、技術力を高めるために頑張るんだとしても、競技人口が世界でただ一人で誰とも共有できないんだとしたらプレイするかどうかは疑問ですね。

 

村上 一人用のゲームの場合はコミュニケーションの切っ掛けづくりができるよね。昔「トルネコの大冒険」を初めてやったとき、その死にざまの不幸自慢で友達との会話が盛り上がったし、「ゼルダの伝説」では子供が遊んで親が横で見て一緒に謎解きをするという親子の会話ツールとしても貢献してたし。

 

西川 コミュニケーションがあそびの基本であることは言うまでもないですけど、他にも「知る喜び」と「技術の研鑽」という要素も大きいかなと思いますね。

 

村上 喜ぶ、楽しい、褒めていただきたい、だからもっと頑張る、もっと褒めていただきたい、…というサイクルそのものがあそびの仕組みであり、これが人を能動的にさせるんだね。あそびって「利益を求めず精神を豊かにするもの」とも定義できるよね。

 

西川 精神を豊かにするというのは全てのゲームに共通してると思いますね。

 

村上 西川は2年生の時はグラフィックゼミに所属していて、3年と4年でゲームゼミに来たよね。今度はその経緯について聞かせてくれる?

 

西川 私は元々UXデザインをやりたかったんです。でもそんな授業ってないじゃないですか。それで一番近いのはゲームデザインだと考えたんですね。

 

村上 UXデザインという言い方はしてないけど「コトのデザイン」という意味ではゲームはUXに直結してるね。あとは空間演出デザイン学科のコミュニティデザインとか、こども芸術学科の知育玩具制作の授業もUXデザインに当たるのかな。

 

西川 そうですね。これは私の勝手な考えなんですけど、UIデザインが積み重なってUXになってると思うんですよ。UIという2D素材が重なってUXという立体物になっていくイメージですね。ということは、ゲームデザインを学ぶならまず先にUIデザインを学ばなきゃいけないんじゃないかと考えて、最初にグラフィックデザインのゼミに入りました。最初からUXをやりたいと言っても、何も持ってないと話にならないですし。

 

村上 卒業制作の作品を見てると、UIデザインあってこそのUXデザインだなという感じがするよね。段階を経て順当に学んできた成果が出てると感じたよ。

 

西川 グラフィックゼミのとき、WeBaseというホステルの館内サインを作るプロジェクトに参加して、その時UIデザインってカッコいいとか可愛いデザインというようにビジュアルだけで語れるものではなくて、相手あってこそのデザインであるということを痛感しました。どうしても自分の味が出てしまうので、まずは人さまの事を考えるという基本を押さえた上で自分の持ち味を出していければそれでいいと感じました。先にビジュアルを美しくしても伝わらなかったら意味がないので。UIこそデザインの基本かなと感じました。

 

村上 色んなゲームが出てるけど、UIデザインがマズいゲームって、まず遊べない。ていうか遊ぶ気にもならない。ビジュアルに凝りすぎててタップできる場所がどこか分からないとか…。

 

西川 何をしたらいいか分からないゲームって最近多いですよね。

 

村上 アクションゲームを作るとなったら、1/60フレームで表示される情報からコンマ何秒で何の情報を視認して、どんな操作を促すかを一瞬で行わないといけないからUIデザインはとても重要だね。ゲームのジャンルによって、画面ごとに情報量も情報の優先度も違うし、視認に必要な時間も違うし、当然操作も違うので、これは勉強するというよりも現場でたくさんゲームを作って経験を積むしかない。

 

西川 UXという言葉が浸透してきたのもここ最近の話で、UXデザインどころか下手するとUIデザインの意味すら分からない人もまだいると思うんですよね。

 

村上 西川はUIUXの研究をしてきたからこそ大手IT企業の就職も果たしたわけで、この制作で得たものは社会に出てから大いに役立ちそうだね。

 

西川 この会社はUXもやっていて、デザイナーが企画をすることもあるので物凄く楽しみです。

 

村上 じゃ、ぜひ頑張って。というわけで、西川さんとともにゲーム性やUXデザインについて語ってきましたが、かなり濃い話が引き出せたので、もうええかな(笑)。

ではでは、引っ越し準備で忙しい中お時間いただきありがとうございました。

 

西川 ありがとうございました。

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