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(大学院)文芸領域 髙橋 道子

ウポポイ(民族共生象徴空間)


先住民族アイヌが提起した「サケ捕獲権確認請求訴訟」に関する裁判傍聴の試み

<作品名>
アイヌモシリ・チャランケ

サケ捕獲権確認訴訟とは、令和 2 年 8 月 17 日に札幌地方裁判所に提訴された、道東の浦幌町のアイヌの漁師達が、北海道に先に住んでいたアイヌ民族には、水産資源法で禁止されている河川での鮭漁を、許可無く行う権利があるという訴えだった。
原告の浦幌アイヌ協会は、裁判で日本国内の大学で、標本にされていた先祖の遺骨を取り戻し、再埋葬したばかりだった。3年前には北米に渡り、北西インディアン漁業委員会等でネイティブアメリカンが、裁判や社会活動を行うことで、鮭を捕る権利を回復し、安定した漁獲高を得て、豊かに暮らしている事を、視察して学んだ。
先祖の遺骨をアイヌプリ(アイヌの儀礼様式)で葬送し、アイヌ民族である意識を強めた彼等は、平成 31 年のアイヌ施策推進法(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策に関する法律)に、先住権が盛り込まれなかったことを受け、名称を浦幌アイヌ協会からラポロアイヌネイションと変え、北海道になる前の、先祖と同じ豊かな暮らしを取り戻す為に、裁判という手段を選んだ。
裁判が始められたが、歴史を認めない被告の国、審理を飛ばして現行法だけで結審しそうな司法、アイヌへの不正義に対する原告と弁護団の苛立ちを、支援者達も共有する。
結審直後、判決言い渡しの二ヶ月前に、「俺はアイヌだ」と三年半の裁判を闘い続けた差間正樹ラポロアイヌネイション会長は病死した。
訴えを退けられた原告のアイヌと、支援した北大開示文書研究会の弁護団長は、判決文に「アイヌ民族の集団的権利」が書かれたことに希望を見出し、翌週に控訴を届け出た。
北海道在住の和人である書き手は、自分や先祖が、知らないでいることで、平穏に暮らしていた足下に、他者を踏みつけていることに気付いた。人の世の清き国だった北の大地のイメージが崩れてしまった。
判決言い渡しまでに何が、語られるのか。先住権が日本で認められるのか。開拓の歴史とは何だったのか。札幌地方裁判所での全ての公判に通い、傍聴日誌を書き続けた活動と証言の記録である。

髙橋 道子

(大学院)文芸領域

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