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(大学院)文芸領域 上條 昌史

外部からの理不尽な暴力と救済としての記憶をめぐる物語

<作品名>
ファンタジア

修士制作作品「ファンタジア」は原稿用紙換算153枚の小説である。テーマは題目に掲げたように「外部からの理不尽な暴力と救済としての記憶をめぐる物語」である。ただしこのテーマを最初から設定したわけではない。すべては「その日の砲撃は明け方にあった。僕と妻はぐっすり眠っていたが、鳴り響く空襲警報の音で目を覚ました」という一文を書いたときに始まった。なぜ自分がそのような一文を書いたのか、書いたときははっきりと自覚していなかった。だが物語はその一文から紡ぎ出され、「考えながら書く、書きながら考える」という作業を通じて上記のテーマが立ち上がってきた。
物語は三部構成で、第一部はミサイルが降り注ぐ町の夫妻の物語だ。空襲警報がありシェルターに逃げ込む場面から始まり、二人の出会いのきっかけとなったハイスクールの銃乱射事件の出来事が語られ、息子の誕生についてのエピソードがある。第二部はその息子の物語である。ペパーミントという記憶を旅する薬が物語のコアにあり、軍隊に入隊した息子は、国境を越えて隣国のペパーミントの工場を破壊するミッションを与えられる。ここでは暴力と記憶というテーマが前面に出てくる。第三部は第一部で登場した女性警官に降りかかる暴力の物語だ。リボルバーで自分を守る彼女は、ペパーミント栽培農場で働いていた若い女性との出会いを通じて、暴力の記憶の変容と救済を体験していく。
なぜ自分が「暴力と記憶」をテーマにした小説を書こうとしたのか。小説に限らずあらゆる表現行動には、作者が意識せずとも必ず作者が生きている時代が反映される。冒頭の一文が出てきた背景には、そういう理由があったのだろう。毎日のようにニュース映像で流れる戦争や紛争の光景、自分が若い頃に体験した南国のクーデター。自分の中で暴力と記憶は分かち難く結びついていて、その結びつきから来るビジョンは普遍的であるはずだと考えた。とくに記憶の変容が暴力に対する救済になることを確かめたいと考えた。
作品を書いていく中で理解したのは、テーマが物語に力を与えるということである。短編小説では、物語を書けばテーマは自ずと現れるのかもしれない。ところがある程度の文量がある小説となると、テーマが物語を引っ張っていく必要がある。物語に奥行きを与えるには誠実なテーマの掘り下げが必要であることも理解した。

上條 昌史

(大学院)文芸領域

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