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(大学院)文芸領域 中村 明美(吉田 昭子)

戦中、戦後を生きた家族の物語を通して『家族』の在り方を見つめていく

<作品名>
「おかえり」~ある家族のものがたり~

『家族』をテーマに考えてきた私にとって一番身近にいた自身の家族、母の物語を制作しました。
物語は、母が第二次世界大戦下の⾧崎で原子爆弾の被害に遭ったことから始まります。原子爆弾に被災した当初、母はまだ小学生でした。母から聞いていた話をもとに、そして原子爆弾の被災状況などの本や原爆資料館を参考にさせて頂いた上でその場面を表現しました。
原子爆弾投下当時、母は爆心地から4キロメートル離れた場所で防空壕の中に避難してかろうじて命を救われました。しかし、のちに放射能の後遺症で病気を発症することになるのです。
戦争によって恐ろしい体験をした母ですが、周りの人達に守られながら成⾧します。そして、好きな洋裁の技術を生かした仕事にも就くといった前向きな所もある母でした。
父と出会った頃の母は、仕事が楽しくて結婚する考えがなかったようです。 いざ結婚の段階となると親戚から『被爆者』というレッテルを貼られそれが障害となりましたが、父の確固たる母への思いが強い為、障害を乗り越え二人は家族となることができました。
こうして家族となった二人の生活が始まりましたが、父のワンマンなところに振り回される日々を⾧崎で過ごしていました。
ある日、父が「商売をしたい。」と言い出しました。大阪へ行き、会社を立ち上げたいという夢があったからです。母は、⾧崎の家族に大阪行きを反対されましたが、父の思いが強いため、仕方なく一緒に行くことになりました。
その後、母の母親、父親が亡くなるという悲しいこともある中、子供も生まれて家族が増えていきました。結局、商売ができなかった父の稼ぎが少ない為、ぜいたくはできなかったのですが、母にとっては幸せな日々だったのです。
しかし、そんな日々を過ごしていたある日、⾧年連れ添っていた父が病に倒れてしまいます。元気な頃は二人でよく口喧嘩をしていましたが、父がこのような状態になって母は心配のあまり毎日入院先まで見舞いに行ったのです。
けれども、母の願いは届かず父は病気発症後3か月で永遠の眠りについたのでした。 父を亡くしてから母は憔悴しましたが、子供達や周りの人の支えで徐々に元気を取り戻していきます。
しかし、今度は母自身、白血病の一種に侵され倒れてしまいました。一時治療により回復し、⾧崎へ帰ることができました。その後、再度病に倒れ永遠の眠りについたのでした。

中村 明美(吉田 昭子)

(大学院)文芸領域

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