通訳者の経験に基づく言語、理解、コミュニケーションに関する考察
(大学院)文芸領域 工藤洋子
1. 制作物・研究成果物の梗概
本研究は、「『モヤモヤ』が言葉になるとき―通訳者のアタマの中―」と題する新書形式のエッセイである。通訳者として二十年以上の実務経験を持つ自分が、「通訳しているとき、頭の中では何語で考えているんですか?」という問いから出発し、通訳という仕事の本質を単なる「言語の変換」ではなく、「理解のプロセスの可視化」として捉え直す試みである。
通訳という仕事は、一見すると単なる「言語の変換」に見える。しかし、実際に通訳をしている最中、頭の中では日本語でも英語でもない「モヤモヤしたイメージ」が浮かんでいる。この非言語的なイメージこそが、言語を超えた理解の本質ではないか。そう考えるきっかけとなったのが、コロナ禍で出会った「瞬読」という速読メソッドだった。文字を読むプロセスと音声を聞いて理解するプロセス——一見まったく異なる二つの営みが、実は「イメージによる理解」という共通の認知回路を使っているという仮説を軸に、本研究では通訳者の脳内で何が起きているのかを解き明かす。
全体は四章構成になっている。第一章「『私は通訳になる!』」では、自分が通訳者になるまでの経緯と通訳という職業の多様性を紹介する。第二章「速読と同時通訳の共通点とは?〜理解への道〜」では、瞬読と同時通訳が「イメージによる理解」という共通の認知回路を使っているという仮説を提示する。第三章「同時通訳は究極の『編集作業』〜情報の交通整理〜」では、同時通訳時の脳内プロセスを「作業机」「仮置き棚」「ベルトコンベア」といった具体的なメタファーで可視化し、ワーキングメモリの使い方や情報の圧縮・整理・編集のプロセスを詳述する。第四章「行間を読み、空気を読む〜AIにはできない訳を目指して〜」では、人間の通訳者が持つ「文脈を読む力」「推論する力」を、アブダクション推論(仮説形成的推論)という概念を用いて説明し、AI時代における人間の通訳者の役割を考察する。
本研究の特徴は三つある。第一に通訳者自身が内省を通じて認知プロセスを詳細に言語化した点、第二に脳科学や認知心理学の知見を援用した学際的アプローチである点、第三に専門知を平易なメタファーで一般読者に向けて新書という形式で打ち出した点である。通訳という特殊に見える営みを通じて、「理解」という普遍的な問いに迫る。
工藤洋子
(大学院)文芸領域
現役の同時通訳者です。通訳者のアタマの中の動きをエッセイにしたためてみました。
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