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(大学院)文芸領域 小田 矢子

トポスとしての音楽による世界の拡大について
差別と暴力に抵抗するための創作実践

<作品名>
夜明けのひと

工藤一二三は、ビストロで皿洗いのアルバイトをしながら、家を出る日を夢見る 19 歳(大学 2 年生)の青年である。父親か苛烈な虐待を受けて育った一二三には、家庭のどこにも居場所はない。高校時代に観たバンド、炭酸電池のライヴに衝撃を受けてベースを始めた一二三は、大学入学後に親友の岡野シウ、一年先輩の橘すみれと 3 人でバンドを結成する。音楽と仲間だけが一二三のよすがだった。
だが、一二三が家を出る時は自分もついていく、そうしない一二三はずるい、と母が行く手を阻もうとする。同じように虐待を受けてきた妹は自傷行為を繰り返しており、一二三は自分ひとりが実家から逃げることについて葛藤を繰り返す。
ある日一二三は、ビストロでのスタッフ同士の打ち上げで泥酔して実家に帰ってしまう。母が 20 歳未満の飲酒を密告する文書をビストロの本社に送り付ける。一二三が密かに想いを寄せていた支配人兼ソムリエリーダーの石黒真美子は、その責任を取って謹慎処分となる。
傷心の一二三はシウと出かけた炭酸電池のライヴによって恢復するが、その帰り道にすみれと真美子が恋人同士であることを知り、さらなる失望を味わう。ほどなくして、一二三はすみれの作った新曲に詞をつける。一二三にとって初めての創作となったその曲は、その後秋の文化祭で披露されることになる。
父の暴力は、曾祖父の南京での加害体験に起因し、男系家族へと連綿と受け継がれてきた。一二三は、男たちへの同情を乞う母、暴力の原因を母になすりつけて一二三に媚びようとする父と訣別し、家族を縛りつけていた負の連鎖を断ち切る決意を固める。
その矢先、憧れだった炭酸電池のベーシストがステージ上で急死する。失意の中、彼に捧げる思いで臨んだ文化祭での一二三たちの演奏は、聴衆から好評を得る。一二三にとって何より嬉しかったのは、真美子に聴いてもらったことだった。真美子はソムリエとしてビストロにも復帰し、一二三は一人暮らしの部屋をようやく見つける。いよいよ新生活が始まるというところで、シウが韓国への長期留学を決意する。かけがえのない親友と離れ離れになった一二三は自暴自棄に陥ってしまう。
一二三を救ったのはすみれと真美子だった。2 人は初日の出を見に行こうと一二三を川辺に連れ出す。生まれたての日差しを浴びながら、一二三は自分が満たされていくのを実感する。夜明けとともに、一二三の新たな人生が動き出す。

小田 矢子

(大学院)文芸領域

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