個⼈史から読み解く昭和社会の変容
戦前から戦後への歩み
(大学院)文芸領域 別所 ひろみ
ある昭和⼈の記録
─ 戦争と復興の時代を⽣きた⼀⼈物の⽣涯 ─
巨大な時代──昭和が、遠ざかりつつある。昭和生まれの私が子どもの頃に抱いた明治への距離感を、平成・令和生まれの子どもたちは昭和に対して感じているのだろうか。テレビでは昭和のイメージが繰り返し再生されている。アイドルや歌謡曲、青春ドラマ、バブル経済の華やかさといった「元気な昭和」が再現される一方で、太平洋戦争という「昭和の負の部分」もさまざまな演出で描かれる。
気がつけば、自分の体の一部にあったはずのリアルな「昭和」が少しずつ剥がれかけている。私が確かな体験として記憶している昭和は、その長い歴史の終盤に過ぎず、それ以前のことは父母や先達から聞いた話でしかない。いつでも体験談を聞かせてもらえると思っていた人たちが次々と世を去っていく。自分の意識がしっかりしているうちに、あらゆる方法を用いて貴重な記憶や記録の断片をつなぎ合わせ、あのエネルギーに満ちた時代の一面をできるだけ正確に伝承したいと思う。
そして、私にできる最も有効な方法は、昭和二年生まれの父・一夫の個人史をたどることである。人生の大半を昭和においた父が没して四半世紀が経過した。終戦間近、青森県八戸市の航空基地で特攻訓練を受けていた十代の父が、いかにしてあの戦争を生き延び、理工系研究者として復興と高度経済成長に関わったのか。その歩みを追い、個人史に刻まれた「昭和」の断面を見つめ直したい。
本書は父の人生を通してたどる一つの昭和史である。そこには、ふたつの時間軸と、重なり合うふたつの視点が存在する。ひとつは、戦前・戦中・戦後を通して生きた「父自身の視点」であり、残された記録の断片から手繰り寄せたものである。もうひとつは、私が物心ついた後の時代に、娘として身近で父を見つめてきた「私の視点」である。私はこの二つを往復しながら、父が昭和の中でどのように生きたのかを探る。手記や写真、資料、第三者の証言を丹念に読み解き、当時の父の視点に寄り添いながら、文字の向こう側の時間を可視化し、後の世に伝えるべき時代の熱量を再現したい。
個人の記憶や語りを通して歴史の空白や忘れられつつある価値観に光を当てること──それは、昭和がもたらした矛盾や困難、そして希望を今日的な視点から読み直す行為である。本書を通じて、一個人の人生に宿る「時代の生声」をアーカイブし、次世代に継ぐためのひとつのかたちを模索したい。
別所 ひろみ
(大学院)文芸領域
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