(大学院)工芸デザイン分野 後藤 こずえ
「しのぎポット」
イガ灰釉・赤土・還元焼成・ろくろ・12×15×12cm
地域素材としてのクリ灰釉 ~クリのイガは負の資産か~
1. 制作研究の概要
もともと自然界には「廃棄物」という概念が存在せず、廃材は他の生物にとって有益な資源として機能していた。しかし、産業革命以降、人間が生み出した人工物は次の役割を担えず、廃棄物として残ることが多くなり、環境問題が深刻化している。
自然豊かな熊本県には地域資源が豊富に存在する。その中でもクリの生産が盛んであることに着目し、クリのイガを素材として利用することを研究テーマとした。
第一章では熊本県の歴史や地質から地域資源の棚卸しを試みた。豊富な地下水や阿蘇火山由来の石材の特性、製鉄の繁栄などを紹介し、地域の自然や歴史が生み出す資源の重要性を確認した。さらに全国に目を向けて、負の資源活用の実例を調査した。地域で発生する廃棄物を循環的に活用した3例を取り上げる。奄美のリュウキュウマツを利用した建築資材の開発や、黒川温泉でのコンポストプロジェクトと、 水産廃棄物を陶器釉薬として利用する山口県の取り組みである。これらはすべて地域資源の中でも「負の資産」に該当し得るものだが、新たな価値を与えられた実証である。地域の人々が協力し合い、持続可能な資源の活用を進める重要なステップとなっている。
第二章ではクリが人の生活にどのように関わりながら現代まで在り続けたのかを確認する。縄文時代草創期の住居跡からはクリの炭化材が確認されている。およそ13,000年以上前にはすでにクリが貴重な食糧や木材として人の生活になくてはならないものだったことがわかっている。また、江戸時代には参勤交代を通じて全国へクリが広がり、戦前には産地形成をとげる。熊本県では1915年にはじめて栽培がはじまり、1955年に施工された新農山村建設総合対策により、農民の自主的な適地適産が可能になる。労働不足にともない比較的手間のかからないクリ栽培は飛躍的に増加していき、現在では茨城県に次いで全国2位の収穫量となっている。
第三章では草木灰の成分分析を行った。さまざまな樹木から得られる灰の特性を考察し、釉薬における灰の役割を明らかにする。本研究のイガ灰を使った釉薬の調合、試作での焼成結果から多様な色調表現が確認できた。ただ、自然素材の特性は変動するため安定した結果を得ることは難しい。しかし、その予測不可能さが草木灰の魅力であるともいえる。
クリのイガ灰に関する研究を通じて、地域の文化や歴史を再認識し、身近な資源に目を向けることの重要性に気付くことができた。
2. 制作研究の背景・意図
陶芸という分野で制作活動を続けるなか、材料の調達に疑問を抱くようになった。現代では国内はもとより、海外からも珍しい材料や道具をかんたんに取り寄せることが可能である。便利さへの成長スピードは目を見張るものがあるが、それと比例するかたちで環境問題への意識も高まっている。制作活動の中でふと、この先「不自然」に手に入る”材料”を使った製品に価値を見出せなくなるのではないだろうか、と思うようになった。もっと身近な素材を活用する術はないだろうか。熊本県は地域資源が豊富に存在し、特にクリの生産が盛んであることに着目した。クリの実に伴うイガを素材として利用できないかと思いつく。クリに関する調査を通じて地域の文化や歴史を再認識し、身近な資源に目を向けることの重要性を再認識した。持続可能な制作活動が求められる時代において、地域素材の価値を伝えることも必要であると気づかされた。
3. 制作研究の位置づけ
やきものの釉薬は、昭和の初め頃までほとんど灰釉を用いていたが近年では灰類を釉薬として使わないものも増えている。灰の代わりに石灰石や滑石などの土石原料を用いるようになった。その理由は生活様式が変わったことにより火鉢や囲炉裏の灰が日常生活に縁遠くなったことが大きな理由と考えられる。
さまざまな草木灰を釉薬にした先行研究がある中で、本研究では「地域素材」としてのイガに着目した。イガ灰を使った釉薬の調合では、試作品の焼成結果から多様な色彩表現が確認できた。しかし自然素材の特性は品種や収穫時期、土壌などにより変動するため、安定した結果を得ることは難しい。ただしその予測不可能さを魅力と捉え直し、新しい発見を求めて継続的に創作活動を楽しむことができる。そのような活動を通して一人でも多くの人に身の回りの資源活用へ目を向けてもらえるよう発信していきたい。
イガ灰の釉薬のたまりの箇所としのぎの稜線部分の土肌がコントラストを描いている。 日々の生活に寄り添い使いやすいことも重要であるため、しのぎを施し軽くなるよう工夫した。 どこかクリのイガを思わせる佇まいになったポットである。
後藤 こずえ
(大学院)工芸デザイン分野
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