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(大学院)工芸デザイン分野 藤田 優子

タピストリー「記憶の風を辿る」


裂き織り ~ 布のアナザーストーリー ~
 
祖母の遺した着物布の行方として20年ほど前に巡り合ったのが「裂き織り」である。もともと「布は大切に最後まで使い切る」という祖母の教えの生活環境で育ったことが、この着物布たちを蘇らせたいと思った要因である。長い年月を経て様々な物語を持つ布たちが細く裂かれて紐状になり、元の柄がばらばらになり緯糸となり新たな布へと蘇っていくことに魅力を感じたのである。本論では裂き織りの産地や歴史や社会との関わりを基に祖母の遺した物語を持つ布と対峙し、制作においては様々な技法による裂き織りタペストリー制作により今後の社会とのつながりを考察することを目標とした。
第1章では裂き織りの発祥と産地について歴史的背景をもとに述べ、裂き織りが世界各地で自然発生的に生活の知恵として行われていたこを述べた。青森十和田産地・新潟県佐渡市相川地区産地・長野県諏訪周辺産地・静岡県蒲原産地・愛媛県佐田岬半島産地に実際に訪問し体験したことを通して、裂き織りの産地の歴史や現在の状況について述べた。各産地の民族の伝統工芸としての裂き織りをどのように伝承しているか、産地施設の方々から今後の課題などを聞き、伝統を重視した技術の継承の難しさがあった。
第2章では裂き織りの社会との関わりとして、国内の衣類における資源循環型社会についてと裂き織りの社会的取り組みについて述べた。資源循環型社会については環境省資料を基に、アップサイクルという本来は捨てられるはずの物に新たな価値を与えて再生することである「創造的再利用」により裂き織りが注目されていること、裂き織りの社会的取り組みとして幸呼来(さっこら)Japanの取り組み・産学福祉連携の取り組みついて述べた。幸呼来Japanの取り組みは地域での裂き織り事業が、働く障がい者の賃金となり自立への道を開く試みでありビジネスモデルとして注目されるものであった。また大学教育との連携による学生たちと共に考える新しい試みは、社会貢献としての裂き織りに関する新規ビジネスに期待が持てると考察した。
第3章では自身が長年制作の中心としてきたタペストリーの歴史と日本文化では、タペストリーの起源やヨーロッパを中心とした発展についてと日本文化に与えた影響は大きかった。現代のタペストリーが一度衰退しかけたのち復興をとげ現在に至る経緯にも海外の影響が大きかった。タペストリーの起源は古く紀元前にさかのぼり、各地域で文明により独自の発展をとげた重要な美術の一つである。中世においてタペストリーは、壁にあると防寒・防湿効果があり移動可能な家具としての役割があった。また宮殿や教会に飾られたタペストリーの図柄は、文字を読むことができない人々にも歴史の物語や宗教の事柄を伝えるためにも重要な役割が果たされていた。江戸時代には日本古来の祭である祇園祭の鉾の前掛けとしてヨーロッパで織られたタペストリーが飾られており、日本文化と深い関わりあった。現代の裂き織りについては、1960代に衰退しかけた裂き織りの復興に活気を与えたのは1994年にサンフランシスコ民俗博物館で開催された「日本の裂織展」でこの展覧会が日本の裂き織りの文化的価値を認めたためであった。
第4章では自身の制作について過去作品を例に今後のタペストリー制作を考察した。一度着物としての役目を終えた布たちをどのように蘇らせることができるか20年間探ってきた。残糸と着物布に異素材を加えたり、二重に織り普段は緯糸に隠れている経糸を見せたり、白布で織ってから染めて縮めてみたり、裂き織りによる新たなチャレンジを心がけて制作してきた。さまざまな裂き織りによるタペストリー制作の共通点は凹凸のある立体感のある技法によるものであり、布に凹凸があることにより布の退色の時間差が興味深いと感じているのである。本制作研究では、自身にとって特別な存在である祖母が大切にしていた着物布で、5作品の様々な技法によるタペストリー制作を試みた。物語を持つ着物布が細く裂き緯糸として織られることで、布であった頃とは違った世界が広がることを制作研究の目ざすところとした。さまざまな物語を持つ布によりアナザーストーリーが生まれる。筆者にとって凹凸のある技法による裂き織りタペストリー制作の目標は、物語を持つ古い布たちがアナザーストーリーとして蘇って生活の潤いとなることである。一度役目を終えた着物布という素材を通して過去、現在、未来の物語、人を繋ぐコミュニケーションツールとなるものと考えるのである。

タピストリー「記憶の風を辿る」の着物の布たち

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藤田 優子

(大学院)工芸デザイン分野

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